知識磨き世間の常識を検証、それが投資の面白み by 芳賀沼千里氏(シリーズ:ベテランに聞く)

「情報が大量に入る時代だからこそ、自らの知識を磨き(世間の)常識を疑う」。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里チーフストラテジストはこう強調する。1982年に証券業界に足を踏み入れて以降、成功と失敗を経て得た投資への教訓は「世の中の常識が、本当に正しいか否かの検証の必要性だ」と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)松井聡】 芳賀沼千里(はがぬま・ちさと)氏 1982年東大教養卒、野村証券入社。87年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で経済修士号取得。2010年から三菱UFJモルガン・スタンレー証券 ■株価チャートに隠れた人間のドラマ 私の証券会社でのキャリアは1982年の野村証券から始まった。国内営業担当となり三重県四日市市に配属され、2年半を営業担当として過ごした。営業の現場で、生で感じる投資家の人間味や弱さを実際に見たことで、チャート上で常に動く株価の中に人間の隠れたドラマがあると気づかされ、貴重な経験となった。 2年間の留学を経て、87年にはロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で経済修士号を取得した。当時の証券会社では営業が重要視されており、私自身も将来は海外営業担当になれればと思っていた。正直言って、ストラテジストになるとは思ってもいなかった。 だが、帰国後に転機が訪れる。配属されたのが投資調査を担当する部署だったためだ。当時はまだストラテジストという呼び名ではなかったが、プロの機関投資家向けに企業情報を提供したりリポートを作成したりした。アシスタントを含め7~8人のチームが作られており、チームのトップは後に田辺経済研究所を創設する田辺孝則氏だった。田辺氏は私のストラテジスト人生に大きく影響を与えた人物だ。 ■自分が買いたくないものは勧めない 「自分の買いたくないものは勧めるな」。当時、田辺氏に一貫して言われたことだ。普通の言葉に聞こえるかもしれないが、当時の証券業界ではどうしても強気な株価予想を言う傾向があった。株価が上がれば取引量が増え、証券会社の収益が上がるためだ。だが彼はそういうことは全く関係なく「何が正しいか」を常に重視していた。この言葉は今も私の根底にある。 ストラテジストとして印象に残っているリポートがある。私が96年10月に出した「日経平均株価が2万円割れする」との内容のリポートだ。当時の日本はまだ「PKO(プライス・キーピング・オペレーション)」とよばれる、政府による株価維持策が続いていると信じられていた。市場関係者の間では「2万円割れはない」との見方が多かった。 だが、私は「企業業績の回復が緩慢である理由は、景気の弱さよりもコスト削減効果の一巡であり、業績の下方修正リスクがある」と判断し、あえて弱気なリポートを書いた。リポートに対し多くの批判があったものの、96年末には実際に日経平均は2万円を割り込んだ。勇気がいるリポートだったが、客観的に分析することは重要であると学ぶことができた。 ■リポート執筆、成功も失敗も もちろん、成功だけでなく失敗も多くあった。同じ96年の8月、私は「日本で成長株投資は難しい」という内容のリポートを出した。時系列でみると、高収益の会社の株価が相対的に低下し、低収益の会社で上向く傾向が観察されるという内容だ。低PBR(株価純資産倍率)株を重視する投資は、長期的なリターン・リバーサル(資金の巻き戻し)の効果を受けられると判断した。だが、私の分析とは反対にPBRが高い成長株が上昇し続け、翌年、いわゆる二極化相場が起こった。 私が約37年の成功と失敗の経験を通して投資家に伝えたいのは「自らの知識を磨いて得た『常識』をもって世間の『常識』を疑う」ということの重要性だ。例えば、昨年10月の株価急落局面だ。当時、リスクを分散する「リスク・パリティ」戦略などの需給面での動きや、米国の長期金利の急上昇が要因とされていた。 だが、本当にそれは正しいか。視点を変えて米国市場の業種別の株価の動きを見ると、昨年6月までは景気敏感株が買われ、その後は電力・公益というディフェンシブ株が買われていた。つまり、マーケットは景気減速について心配していたのではとみている。この作業は難しいことではなく、事実とされたことを客観的な視点で検証し直すことの重要性を認識して欲しい。そこにこそ、投資の面白みがあると考えている。 (おわり)

相場は人生の師でありよき友である by 高木晴久氏(シリーズ:ベテランに聞く)

高木晴久氏は三井住友銀行が生んだ伝説級の外国為替ディーラーの一人だ。念願がかなってディーリングの道に足を踏み入れてからはずっと相場漬けの日々を送り、ここ20年ほどは年間ベースで一度も負けていない。座右の銘は「相場とは人生の師でありよき友である」。市場から常に一歩引いて自分の立ち位置を知り、何が起きても冷静でいられる姿勢が肝要だと話す高木氏は、2019年1月にドルやユーロが対円で急落した「フラッシュクラッシュ」にも動じなかった。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)菊池亜矢】 高木晴久(たかぎ・はるひさ)氏 1989年に三井銀に入行。社内公募で志願し94年から市場業務を担当。ドルの対ドイツマルク(現ユーロ)や対円のボードディーラーを経験しニューヨーク拠点ではトレーディンググループ長。東京に戻ってからは通貨オプションと為替トレーディングの両グループ長や副部長を歴任し、現在は上席推進役として様々な商品を取り扱うトレーディング部隊の中核を担う ■必要なのは4次元の視点 ディーリングは人間の弱さに謙虚に向き合うところから始まる。相場は純粋で無機質だ。自己中心の考えで臨んだり、てんぐになったりすれば報いを受けて大損する。ダメになっていくディーラーはたいてい「この相場はおかしい。間違っている」といって自分を振り返ることをしないものだ。 アート(芸術)のセンスも必要だ。ポジション(持ち高)を作った後にどの水準で利益を確定するか、どこであきらめるかなどを考える際には論理的に物事を考える左脳の働きが大きい。半面、感覚をつかさどる右脳を使っていく機会も多くなる。 大切なのは上下と左右、前後、時間を総合判断する4次元(空間)の視点だ。ドライブしていると目まぐるしく景色が変わる。ディーリングも同じで、時の経過とともに変わる空間の中で相場を捉えるべきだ。ディーラーの成長や進歩は、変化する環境を受け入れる適応能力を向上させることと同義といっていい。 ■自分を追い込まないようにする工夫を ディーラーになってからは徹頭徹尾、相場と向き合ってきた。まさに相場中毒。睡眠時間は断片的に1日2時間程度で、夜も昼も休みも関係なかった。そうしていると相場の音だったりリズムだったりが徐々に分かってくる。 巨大な市場は絶対に支配できない。一方、自らの精神状態や戦略はコントロールできる。ディーラーとして生き残るためのポイントはこの2つをどう制御するかだ。 金融機関などに属するプロのディーラーは定期的に収益を上げることを求められる。プロの認定制度はないが、仮にもプロを名乗るなら、ルールを守ったうえで一定期間内に期待以上の収益を上げ続けなければならない。複数の期間にわたって損失を出すようなディーラーはプロ失格。速やかに退場すべきだろう。 致命的な損失を避けるにはどうするか。取引を始める前に失敗したときの「出口」を考えるのだ。実績を求められるためか、真面目に取り組む人ほど「勤勉のワナ」に陥り、常に持ち高を保有していないと不安になる。わからない相場に手を出す。難しい市場環境のときには持ち高を減らしたり通貨オプションでリスクを抑えたりして自分を追い込まないようにする工夫が大事になってくる。 相場予想は6割当てられれば上々だ。4割だからダメというわけではない。ポイントはその4割のうちでも「必ずそうなる」との確信を8割持てるかどうか。ここぞとばかりにポジションを膨らませ、利益を最大化していく行動力が備わっていれば大丈夫だ。もし8~9割の「確からしさ」で続けてうまくいかなかったら、相場環境が変化していたと判断し基本的な戦略を見直すと良いだろう。 人間には向き不向きがある。武器もピストルと大砲で飛距離が違う。得意な通貨のペア(組み合わせ)や期間も人それぞれだ。優秀なボード(顧客注文を銀行間市場に取り次ぐ業務)の担当がすべてすぐにプロップ(自らの裁量でポジションを作り、利益を上げる役割)をうまくこなせるわけではない。自分の適性を忘れず、長所を生かしながら適応していく段階を踏まなければならない。加えて、現在の相場を形作っている情報を関係者がどう見ているのか、市場と自らの距離を測っていく努力を怠らないことだ。 ■どんなときにもポジティブ思考 さくら銀(旧三井銀と旧太陽神戸銀が1990年に合併し、当初は太陽神戸三井銀と称したが92年にさくら銀へ改称)時代の98年から2001年の三井住友銀の発足時までディーラーは歩合制だった。収益が1年間マイナスを出したらクビ。絶対に損失は出せないと本当に頑張った。ニューヨーク支店にいたころに仕えた上司も損失に厳しく、どうすれば納得してもらえるか合理的に考えた。上の信頼を勝ち取れば仕事をしやすくなる点で、リスク管理の一つと言えるかもしれない。 三井住友銀を代表するトレーダーで、副頭取まで上り詰めた高橋精一郎氏の下でも働いた。高橋氏は懐が深く、それまで持ったことがなかった巨額のポジションを任せられ、信頼に応えて収益を最大限にする力をつけられた。いずれにしろどのような上司にも真摯に向き合い、要求に応えることが自らの成長につながるのだと常にポジティブに受け止めてきた。 ここ数年で急速に台頭してきた人工知能(AI)が人間より優れているかどうかは分からない。分からないが、恐れを知らない精神力や強靱(きょうじん)さ、情報の蓄積量と分析手法、取引スピードなど確かにメリットは多い。ディーラーは相当に淘汰されていくだろう。それでも大きな市場ではAIは参加者の1つの形態でしかない。人の感覚などAIで対応できず、人の出番が訪れる領域は必ずある。人間が負けるとは想定していない。 AIは使い方次第で優秀な補助器具になる。例えばあるニュースが出てきたとき、その背景や関連報道について会話できるAIのシステムが欲しい。カバー取引(顧客注文によって形成された持ち高を調整し利益につなげる取引)でポジション管理をしている人には、どの商品からいくら持ってくれば戦略としてベストか、価格を統合したうえで示すなどの用途でも使えそうだ。 ■相場への熱意、いまだ衰えず 自分の頭で考えることの重要性を相場は教えてくれた。間違っていたら遠回しにせず、結果を直接がつんと教えてくれる。無上の喜びや達成感を与えてくれる相場は人生の師であり良き友である。 学生時代に映画「ウォール・ストリート」(米公開は1987年)をみてから、ずっとディーリングをやりたかった。三井銀に入行後、配属された支店での進路面談では2年続けて希望勤務地を「北米」、希望職種を「外為ディーラー」と記入。適性は他にあると判断していた上司にあきれられたがあきらめなかった。 しばらくして社内公募があり、面接をそつなくこなしてほっとしていたときに「英語はできるか?」と聞かれ、「不得意中の得意です」と答えてしまった。それを「反射神経が強い」とでも評価してくれたのか、念願のディーラーとなってからは市場一筋。情熱はいまもまったく衰えていない。 (随時掲載)

HFT隆盛で変質、外為市場は元には戻らず  by 花生浩介氏(シリーズ:ベテランに聞く)

外国為替市場の主要プレーヤーや取引形態は1980~90年代に比べると激変した。コンピューターや人工知能(AI)の発達で高頻度取引(HFT)が幅をきかせる時代になり、2008年のリーマン・ショック後に規制強化が進んだ影響もあってどんな場面でも腰を据えて売り買いの価格を示す「マーケットメーカー」は姿を消した。日本興業銀行(現みずほ銀行)や香港上海銀行(現HSBC)で30年以上為替ディーリングに携わった花生浩介氏は「HFTによって売買高自体は増えたが、市場の流動性はむしろ減少した。もう元には戻らないだろう」と話す。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)=菊池亜矢】 花生浩介(はなお・こうすけ)氏 1980年に日本興業銀行入行。84年から為替ディーリングの道を一貫して進む。2001年にロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)東京支店で外国為替部部長、06年から香港上海銀行に移り外国為替本部長とマネージングディレクター。17年にバルタリサーチを設立し個人の目線からマーケット情報を提供する傍ら、トレーニング用品やソフトウエアを扱うスポーツ関連企業フィットネスアポロ社の社長 ■混乱時のパニック増幅しやすく 現在の市場の主役はAIをバックにしたHFTだ。HFTはふだんはマーケットメーカーのように振る舞って相場の値動きを決める半面、混乱時にはいっせいに手を引き、パニックを増幅してしまう。いざというときには頼りにならない。責任感をもって市場機能を維持する真のマーケットメーカーがいない現在の外為市場は、市場メカニズムの是正といった自らの優れた機能を大きく損ねている。市場は事実上しぼんでしまったといっていい。 ディーラーの駆け出しのころ、日本はバブル絶頂期だった。金融危機の前で金融機関や投資家のリスク許容度は極めて大きく、いまでは考えられない大金が活発に動いていた。現在に比べるとはるかに小さい規模の市場の中で、30歳代にかけての5~6年は朝から夜中まで顧客の注文に応じて価格を出し続けた。 ときには大きなリスクも取ったが、ポジションの保有時間は長くて5分、下手をすると5秒で回転させて「流動性」を供給してきた。回転売買に徹していた気がする。結局はそれがリスクヘッジになっていたかもしれない。当時は自分よりも巨額の持ち高を振り回し、マーケットメーカーの役割を果たすディーラーがごろごろいて市場全体が活気づいていた。 ■ポンド危機の攻防に息のむ 忘れられないのは1992年の9月。英国がジョージ・ソロス氏率いるヘッジファンドの英ポンド売りに耐えられず、欧州の為替相場メカニズム(ERM)離脱を決めたころだ。ある日、東京市場でイングランド銀行(英中央銀行)がポンド防衛のため、日銀に委託してポンド買い・円売り介入をしたと噂された。一方、ロンドン市場でソロスファンドは売り崩しを続け、他の投機筋も追随し英ポンドは暴落した。 投資家が中央銀行に歯向かうなどということは通常は考えられない。だがERM離脱によって英国の金利は大幅に低下し、通貨安もあってその後の英国経済は回復に向かった。政府・中銀の無理な政策を市場メカニズムが是正した好例といえ、ファンド勢の動きに感心したのを覚えている。 コンピューターの草創期で取引記録は完全には機械化できず、損益も手計算でリアルタイムでの把握は難しかった。それが不正やミスの温床になったわけで、昔を懐かしんでもしょうがない。ただコンプライアンス(法令順守)強化など規制でがんじがらめになった結果、市場のダイナミズムは間違いなく失われた。 「毎日が戦争」の感覚で混乱の極みのような生活を続けていたにもかかわらず、疲れたとか嫌になったとかの記憶はない。大きな損失を抱え途方にくれたことは何度もあったが、ディーリングは結果がすべて。学歴も派閥も関係ない極めてフェアな世界で奮闘できたのは幸せだった。 外為市場はスポーツに例えると、地元の野球少年がメジャーリーガーと一緒にプレーするようなもの。「伝説のディーラー」と呼ばれる人は尊敬できる人が多く、いつか自分もそうなりたいと励みになっていた。理屈やデータの通りに動くコンピューターやAIの時代はそれはそれでフェアなのかもしれないが、淡泊すぎる。 ■大局観を忘れずに そんな中でも為替でディーリングを続けるとすればどんなスタンスで臨むべきだろうか。とりあえずは世界の大まかな流れを忘れないようにしたい。 ニューヨークで勤務した1990年代後半は米経済が絶好調だった。政策を担っていたのはグリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)議長とルービン財務長官、サマーズ財務副長官という最強トリオ。折しもWindows95が発売になり、IT(情報技術)化の波が押し寄せていた。業種を問わずパソコン導入が加速した。米国のバロンズ誌が毎年出す景気予測で、エコノミストらの「好景気は続かない」という主張がことごとく外れていく。それまでと違うレベルで設備投資の革命が起きていると感じた。 「本場」に身を置くことで近視眼的な見方から離れ、大局観を得るのは大切だ。インターネット全盛の現代はネット経由で様々な情報を入手できるが、それでも「百聞は一見にしかず」の真理はまったく変わらない。 リーマン・ショックを境に産業の主役が金融からITに移ったことも重要だ。金融はITと親和性が高く、リーマン・ショック前までは最先端の技術を誇る業界だった。しかし、金融危機後は名だたる金融機関が公的資金で救済され金融規制に縛られると業界全体が萎縮した。現在はアップルやグーグルなど大手IT企業の取り組みのほうがずっと面白く金融は背中を追いかける格好になっている。金融とITをあわせた「フィンテック」でファイナンスは前だが、実際にはITの後じんを拝しているとの印象が否めない。 足元のAI活用はコンプライアンス違反を避けるためとの後ろ向きな理由もある。機械なら基本的に不正はしない。ヒューマンエラーによる訴訟リスクを抱え込まずに済む。金融は徹底的にリスクを抑える方向になり、生産性を抑えた。 ■次の活路は新興国市場に AI活用の大きな流れはおそらく止められない。万難を排して最先端の技術革新をもう一度金融に取り入れないと、金融業界の復活はないだろう。 金融が他の産業と異なるのは決済をつかさどっている点だ。決済は最も大切な社会インフラの1つで、多額の資金を安定的に決済することで社会全体の安定を下支えする。流動性や安定性は他の産業とは比較にならないほど大切で、流動性を担保する意味は大きい。1回あたりの取引金額から考えてもリスクが取りにくい環境になっているはずなのに、機械化以前のほうがリスクが少なかったように思えるのは昔のほうが流動性が厚かったからだろう。 昨年初めにかけて仮想通貨がブームとなったが、投機性だけに焦点が当たると通貨としての必然性は失われる。為替を含めた決済システムを仮想通貨の基幹技術「ブロックチェーン」に変えるといった話でも、市場流動性を確保する方向に持っていくなどの努力を忘れてはならない。 昨年の「トルコリラショック」などを振り返ると、新興国では短期金融や為替市場が未整備で、為替差損リスクヘッジの手法や投資情報など主要国では当たり前のインフラがまだ整っていないと痛感した。新興国経済は世界全体の約半分を占めるまでに拡大しているのに金融市場は脆弱で、流動性は異様に低い。 裏を返せば、新興国市場での流動性創出は金融業界に残された数少ない課題だ。経済成長率が1~2%の先進国でできることはほとんどなく、もはやリターンも期待できない。次の活路は新興国に求めるべきだろう。 (随時掲載)

チャート、それは森羅万象を表すもの by 井上英明氏(シリーズ:ベテランに聞く)

「チャートは過去の出来事をすべて織り込んだうえでいまの位置にいる」。「筋金入りのチャーティスト」を自認する三菱UFJ信託銀行資金為替部の井上英明部長は自分がこれだと決めたチャートを追い続けることで相場を理解し、好成績を収めてきた。バブルの崩壊や金融危機などを無傷で乗り切るのは困難だが、井上氏は「森羅万象をあらわすチャートから相場動向を的確に語れるようにしたいといつも心がけている」と話す。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN) 金岡弘記】 井上英明(いのうえ・ひであき)氏 1989年に三菱信託銀行入社、主に為替ディーラーとして東京やロンドンでキャリアを積む。2015年から3年間は秘書室長として市場業務から離れていたが18年に復帰 ■短期から長期まで、毎朝200以上に目を通す 外国為替市場に20年ほどかかわってきた。一時は欧米債投資や(年金などの)信託勘定の運用にも携わったが、為替トレーディングの経験が圧倒的に長い。若いときには手書きでチャートをつけた。現在は情報端末の画面上でいくつものチャートを開き、できるだけ細かくチェックする。 駆け出しのころ、社内に「ギャン・チャート」と呼ばれるチャート分析の日本における第一人者がいた。入行4年目から彼の指導を受け、長期休暇にも毎日徹夜で「宿題」をしなければならないほど徹底的にノウハウをたたき込まれた。 チャート分析で意識するのは「トレンド」と「日柄」(相場が上昇か下落を始めてからの日数)などで、手で書いて体に覚え込ませた。現在はビッグデータの時代だが、過去のデータ解析に重きを置きすぎるとトレンド把握の際には漏れが出てくると思う。 チャートの利点はすべての事象が価格に織り込まれていまの位置にいること。そこを意識してチャートを眺めると、次にどういったトレンドになり、どう推移するかがよく分かる。 カスタマーディーラーだったときはチャートだけで顧客を納得させるのは難しかった。チャート以外にも視野を広げ、機関投資家と輸出入企業の需給や金融政策、政治要因や地政学リスクなど相場の基本的な変動要因を頭に入れておいた。現在相場を動かしている材料や、まだ相場水準に反映されていないものの今後注目を集めそうなもの探し出し、チャートベースの基本予想に付け加えることで説得力を高めていく手法をとった。 この経験は大いに役にたった。判断基準をいくつか持つことは相場に飲み込まれないためには重要だろう。 いまも毎朝、最低200以上のチャートのチェックは欠かさない。最初は2週間分程度の時間足チャートで昨晩の海外市場や短期的なトレンドを把握する。次に1年分をみて短期トレンドの中の位置を確認する。最後に5年分の月足チャートで長期トレンドを理解する。 ただ実際には、長期トレンドをしっかりとらえるには5年では足りない。リーマン・ショックからでも10年がたつ。30年などのより長いチャートもあわせてウオッチすることで今後の予測につながる。 ■システム任せは危険 マーケットに関する法令上の規制が年々厳しくなり、市場参加者の顔ぶれはだいぶ変わった。以前は東京市場にも積極的にリスクをとる参加者が多く、緊張感や臨場感に満ちていた。一方、足元ではコンピューター経由の取引が主流。外資系金融機関ではスポット(直物)取引のディーラーを置かない会社もある。 コンピューターは平時は流動性を供給するものの、無用な損失を避けるためにあまり冒険できないセッティングになっている。何か異常事態が起こればいっせいに手を引き、すぐに市場が凍りつきかねない。日本時間の1月3日早朝7時30分すぎ、ドルの対円相場で起きた「フラッシュ・クラッシュ」(瞬時の急落)は象徴的だ。システム任せにするリスクは十分に考えておかなければならないだろう。 リーマン・ショックのように市場全体が混乱した際、誰が流動性を供給できるのか。人がやっていたことをシステム化し省力化するのは結構だが、リスクに対応可能な次の世代を育てる責任がわれわれにはある。システム化する一方で、人間が関わる余地は保っておかなければならないと考えている。 ■危機の時こそ相場を語るのがプロ 危機の時こそ相場を語れ。誰もが浮足立っているところで市場関係者として冷静に物事を語るのは難しいが、マーケットを生き抜こうとするならば避けては通れない。 記憶の中に2つの出来事が鮮明に残っている。まずは2001年の年末。円相場が1ドル=120円台から上昇傾向を強め、100円突破を試した。10人中9人は100円を大幅に超える円高になると予想していたはずだ。だが私はチャート分析で2ケタ台へ上昇せず反転すると確信し、顧客にも円安見通しを示し、的中させた。 もう1つはリーマン・ショック時にドルが対円で急落すると当てたことだ。1998年のLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)破綻に伴う危機(ドルは対円で暴落)を経験し、下げ相場では二番底が怖いと実感していた。リーマン・ショック時に一度円安・ドル高に振れたが、経験則と肌感覚から短期的に10円以上の円高になると思い国内輸出企業や外貨を持つ投資家などに円買い・ドル売りを促すメールを送った。間を置かずに円は急伸した。 自慢話をしたいのではない。危機の時に情報発信できないなんてプロとして失格だということだ。リーマン・ショックを知らない若手などの生き字引となって、危機の際にしっかり荒波を乗り切れるチームでありたいと常に意識している。 足元はまだレンジ相場だ。レンジ相場はつまらないが、個人投資家は相場の流れに逆らう逆張り戦略でコツコツと収益を積みあげながらチャートのセンスを磨き、自らの「型」を作って次の大きなトレンドをつかみたい。 いろいろなチャートを眺めて長期トレンドを抑え、どっしりと構えて流行に一喜一憂しない。それが(機関投資家のように期間ごとの収益に左右されない)個人にとって最も大切だろう。 (随時掲載)

株で勝つ、狙うは二番手業種の一番企業 by 木野内栄治氏(シリーズ:ベテランに聞く)

「(同じ市場で)1から10までを知る必要はない」。大和証券チーフテクニカルアナリストの木野内栄治氏は、1988年の入社以来、一貫して国内外の株式調査に携わってきた。投資家にとっては国内市場だけでなく、海外や他の金融商品など1つの市場にとらわれない広い視野を持つことが必須だという。必ず勝てる「ベストな業種(セクター)」を探すのではなく、2番手、3番手業種のなかで「一番の企業を探す」ことが、個人投資家が相場で勝つ秘訣と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース=井口耕佑、張間正義】 木野内栄治(きのうち・えいじ)氏  1988年成蹊大学工学部卒、大和証券入社。株式本部に配属になり以降一貫してテクニカル分析に携わる。日本経済新聞社及び日経ヴェリタスのアナリストランキングで、04年から15年連続で市場分析アナリスト部門の第1位。景気循環学会の常務理事も務める ■市場と企業、2つの視点で知識広げる 日本のバブル景気がピークにさしかかる1988年に入社した私は、株式本部で主に日本株の調査業務に携わっていた。私にとって人生の転機となったのは、やはり90年代初頭のバブル崩壊だ。政府・日銀の金融引き締め政策が裏目に出ていると感じ、日本株はもうダメだという趣旨のリポートを書こうとした。さすがに当時の証券会社の立場上、そんなリポートを出せるわけがなく「そんなに日本株が嫌いなら」ということで、米ナスダックや香港など、外国株式市場の担当に変更になった。 当時はまだオプション取引や、指数先物と現物株の裁定取引などは国内での認知度が低かった。そこに目を付け、バブルまっただ中に積極的に裁定取引を仕掛けてきたのが米大手証券のソロモン・ブラザーズ(後にスミス・バーニーと合併)だった。彼らがどういう意図で売買を行ったのか、事後的ではあるが深く理解することができた。 今から考えれば、入社後すぐに国内外の株式相場に触れられたのは、マーケットと企業という2つの観点から知識を広げられて大きな意味があった。企業研究の点で、海外市場を見ていると学ぶことが多かった。米マイクロソフトに代表されるIT(情報技術)企業など、米国には当時の日本にはないセクターがあり、先んじて学習して知識が深まった。 とはいえ、日本株市場より米国株市場の方が優れている、と言いたいわけではない。国内市場も海外市場も、それぞれ良いところがあり、相互に影響を及ぼし合っている。いきなり海外市場を知ろうとするのではなく、まずは日本株のことを知ってから海外に目を転じる姿勢が重要だ。 ■米利上げで新興国株安を予見 日本株から転じて担当した香港株市場は、92年から93年にかけて世界的な株高が波及し絶好調だった。ただ私にとって、米国が94年から利上げの方針を示したことが気がかりだった。株高を謳歌する新興国から米国に資金が流れるとみて、アジア株高に警鐘を鳴らす内容のリポートを書いた。 結果的には、米利上げで新興国市場から資金が流出するという、現在では広く知られている構図を見抜くことができた。これも幅広い国の金融市場に目を配っていたためと考えている。ただ、この話には続きがあり、香港株についても株価がピークアウトしそうだとの後ろ向きなリポートを書いたため、日本株担当に戻されることになったのだが……。 ■情報の幅と深さはトレードオフ 日本株と外国株、両方を担当して分かったことは、ひとつの市場について1から10まで全てを知ることは不可能、ということだ。私の経験上、6くらいまでは努力の量に比例して知見も増えていくが、そこからは急速に知識吸収のペースが落ちる。そうなったら一度、その分野から視点を別の分野に移してみるのも手だ。海外株について知るほど日本株についても理解しやすくなる、というように、金融の知識は相互関係にあるからだ。 長く株式市場にいると、必要な情報とそうでないものの区別が付くようになってくる。例えば海外での成長が期待できる株を調査するとき、絶対に株価が上がる「ベストなセクター」を探す必要はない。セクター自体の成長度合いは2番目でもいいのだ。ただ、その中でどの銘柄に投資をすべきかという点については、一番の企業を当てなければならない。 ましてや、投資家はアナリストのように株式調査が専門ではない。情報の取捨選択はより自由に行える。株式市場に携わるときは「情報の幅と深さはトレードオフ」だということを常に頭に入れておくべきだ。 (随時掲載)

アナリストの本質は企業価値を見極めること by 鈴木行生氏(シリーズ:ベテランに聞く)

アナリストは自分の担当セクターのみに安住していてはならない。アクティブファンドが勝てないとされる今こそ、アナリストの存在価値が試されている――。日本ベル投資研究所の鈴木行生・代表取締役主席アナリストは野村総合研究所の出身。野村ホールディングス取締役や日本証券アナリスト協会会長などを歴任し、自ら設立した調査会社で今も現役アナリストとして企業調査に関わり続ける。「セルサイドのアナリストの充実こそが、企業と投資家の間の対話に不可欠だ」との信念を持つ。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)=張間正義、井口耕佑】 鈴木行生(すずき・ゆきお)氏 1975年に野村総合研究所入社。自動車や重工メーカーなどのアナリストを務める。97年野村証券取締役金融研究所長、05年野村ホールディングス取締役。07年日本証券アナリスト協会会長。10年に日本ベル投資研究所を設立。同社のアナリストとして中・小型株の分析を行う傍ら、複数の企業の社外取締役を務める ■社長と同じ目線で企業を見る 私のアナリストとしてのキャリアは75年に野村総研に入社してから、自動車部品メーカーやエレキ関連の企業担当として始まった。といっても、デンソーなどの大きなメーカーは自動車業界担当のベテランが担当しており、駆け出しだった私は小型のメーカーが主な相手だった。 生まれて初めて書いたアナリストリポートは、今でもはっきりと記憶に残っている。自動車のヘッドライトなどの部品を作る国内の照明メーカー3社の、業績や経営体質を比較したものだった。ここまではっきり覚えているのは、このリポートを3社それぞれの役員会で発表したからだ。自分が書くリポートは、他でもない企業の社長に読まれる。緊張感とともに、自分の意見を重んじてくれていることに身の引き締まる思いもあった。 このことから学んだのは、アナリストは社長と同じ目線で企業をみなければならないということだ。自分と対等の人間が書いたものでなければ、彼らも信頼してくれないだろう。 ■インデックス化の流れの中でこそ存在意義 アナリストの仕事は、その名の通り「アナライズ(分析)」することだ。この分析とは、複数の同業を比べる「比較」と、将来の財務状況や業績を見通す「予想」とに分類される。当事者から一歩離れたところから比較、予想ができるのはセルサイドのセクターアナリストだけだ。 今はアクティブファンドが勝てない時代、インデックス投資がもてはやされる時代になってきている。アナリストもバイサイドの引き合いが強まっているが、だからといってセルサイドのアナリストの必要性がなくなったわけではない。 バイサイドアナリストは自分のポジションを持っている以上、ファンドマネジャーに近い存在だ。自分の保有銘柄で自己完結してしまいがちで、本当に投資家・経営者に有益な分析ができない恐れがある。多くの企業を客観的に比較できるセルサイドアナリストの存在意義は、今でも高まっていると考える。 ■目標株価と利益予想に終始しない 今のアナリストは、リポート内で企業の目標株価を100円上げるか下げるかに全神経を使っているように見える。私が若い頃はみんな経常利益を当てるのに必死だった。これらには一定の意味はあるが、アナリストの本質は企業価値を見極めることにあるということを忘れてはいけない。 今は短いスパンで内容の軽いリポートを書くことが重視されているようだ。それはそういったリポートの方が読まれ、結果的にその証券会社にアナリスト料が入ってくるからだが、これではアナリストは深みのある分析ができない。 証券会社がリポートの仕組みを改められれば一番良いが、アナリスト一人ひとりにもできることはある。それは「ちゃんと書いたら皆が読む」というのを意識することだ。今は日々、大量のリポートが発行されているから、リポート一枚一枚の価値が下がって読まれなくなってしまう。1つのリポートに時間をかけ、深みのある内容を加えることができれば、そのリポートは業界で必読のものになるだろう。 ■セクター「領空侵犯」のすすめ 例えば楽天は、電子商取引に始まり金融を手がけ、今や通信にも乗り出そうとしている。ソフトバンクも投資会社の枠に収まらず人工知能(AI)を次代の成長の軸に位置づけている。今や1つの企業が1つのセグメント内のみで事業を展開する例はまれだ。 翻って、アナリストの世界ではまだまだ自分の領域からは出ないしきたりが横行しているように感じる。私が若い頃も他業種について調べるのは「領空侵犯」としてご法度だった。ただ、1つのセクターのみに特化し、他業界のことを何も知らないアナリストの意見は、これからの市場では重用されなくなるだろう。 異なる業種の間で企業を比べる、ある種ファンドマネジャーのような目が求められる。といっても1人で3~4業界をカバーするのは至難の業。今後はチームを組んで企業調査を行うのも手かもしれない。いわばアナリストも「インデックス化」の時代だ。異なる業界のアナリスト同士が協調し、業界全体の底上げを図るべきだと考える。 (随時掲載)

ドルが凍りついた日、忘れない by 角田秀三氏(シリーズ:ベテランに聞く)

インターネットや電子取引が未発達で市場規模も小さかった1980~90年代の激動の時期を現場で過ごした外国為替や金利のディーラーがまず強調するのは、市場の厚みや自由度を示す「流動性」だ。自由に取引できない環境でのディーリングは確実に成功率が下がる。日本興業銀行(現みずほ銀行)でドイツマルク(現ユーロ)の名ディーラーだった角田秀三氏は「基軸通貨のドルでも、流動性を失う危険を感じたら取引を止める割り切りが必要」と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今 晶】 角田秀三(かくた・しゅうぞう)氏 1977年に神戸大経済学部を卒業後、興銀に入行。82年にニューヨーク支店で為替ディーラーのキャリアを始め、いったん東京に戻った後、今度はチーフディーラーとしてニューヨークに渡る。帰国後は東京の金融法人部で公的年金やその他機関投資家の営業業務に就き、京都支店副支店長の在任時に為替ディーラーの専門職に転じた。英バークレイズ銀行などを経て現在は企業や投資顧問会社のアドバイザーとして為替情報や見通しを提供する ■一にも二にも流動性 ドルは世界の基軸通貨なのでいつでも自由に売り買いできると考えがちだが、決してそんなことはない。記憶に残る範囲でドルの流動性リスクが最も高かったのは2001年9月11日以降の数日間。米国の金融センターであるニューヨークを突如襲った同時多発テロに対する市場参加者の動揺は大きく、決済システム自体は健在だったにもかかわらずドル絡みの取引はすっかり凍りついた。 それ以外にも1985年のプラザ合意後に円高・ドル安が進む過程で、円相場が1ドル=200円の重要な節目を越えていく時もかなり不安定だった。相場の動きが速すぎてブローカー(仲介業者)などの現場は混乱し、正しいレートを見いだしにくかった。例えば199円で円売り・ドル買い注文が控えていたのに、ブローカーによっては1円以上も円高の198円で取引が成立するといった具合だ。 流動性の乏しい市場にあえて参入し、収益機会を増やしていく戦略もありだとは思う。だがリスクをきちんと管理できる体制になっていることが前提だ。米ドルでさえ状況次第では流動性がなくなりかねないのだから、新興国通貨の危うさは推して知るべし。そんな意識をもって慎重に臨むべきだろう。 ■「泣く子と中央銀行には勝てず」 平時は政府・中央銀行の動きにまず目配りしなければならない。金融・財政政策でマクロ経済の方向性を決めるだけでなく、為替レートが自国に不利とみればためらいなく介入してくる。かつては「泣く子と中銀には勝てず」といった。ドイツマルクの取引ではブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)には絶対に歯向かってはいけなかった。 現在は貿易摩擦の影響で主要国では為替介入が難しくなってきたし、昔に比べると市場規模がかなり大きいために介入効果は生じにくいとの指摘が出ている。それでも必要であれば介入に踏み切るのは、通貨当局の責務だ。政府・日銀や欧州中央銀行(ECB)がしばらく介入していないのは、できなかったのではなく、相場水準に特に問題がなかったからだと理解すべきだ。 幕末の志士、坂本龍馬が著した「船中八策」には「金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事」と書かれている。貿易収支や物価の安定における為替レートの重要性は現代日本でも変わらない。「中銀には逆らうな」の教訓は今も生きている。 ■中長期予想は「推進力」で判断 長めの予想をたてる際には、その根拠に相場を揺さぶるほどの推進力があるか否か吟味していく。円相場なら直近5円程度のレンジをどちらかに抜けられる材料を見いだせるのか。足元では米景気1強論や米利上げ観測、世界経済の先行き不透明感といった要素があるものの円は結局1ドル=110~115円のレンジにとどまっている。どちらの材料にも推進力がないと受け取れる。 19年は物価の基調を注視していきたいと考えている。日本では日銀の異次元緩和政策がこれだけ続いていてもインフレ率はなかなか上向かない。しかも中国景気の減速懸念などから原油相場に下落圧力がかかり、原油輸入国の日本の物価上昇を抑える。これらから導き出せるトレンドは円高だろう。 金利差は距離を置いて考えるべきだ。為替相場の変動率は金利よりも高いことが多い。もし不利な方向に一本調子で振れたときは利息収益があっさりパーになってしまう。 1980~90年代の主要銀行の外為ディーラーは互いを直接電話で呼び出す「ダイレクト・ディーリング(DD)」にいそしんだ。ドイツマルクの取引では米バンカース・トラスト(現ドイツ銀行)と富士銀行(現みずほ銀行)、興銀、住友銀行(現三井住友銀行)やモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)といったそうそうたるメンバーで、相場観を間違えると大損しかねない、果たし合いにも似た荒っぽい時代をすごしてきた。金利はあまり関係なかった。 その状況を今に当てはめることはできないが、為替には理屈抜きの局面がしばしば起こる。1つの要因にこだわらず、バランス良く判断していかなければならない時代だろう。 (随時掲載)

相場はランダム、戦略に「絶対」はない by 星野昭氏(シリーズ:ベテランに聞く)

「わかりやすい相場できっちりもうけ、わからない相場には手を出さない」。為替ディーラーとして最前線に立ち続けてきた三菱UFJ銀行の星野昭氏。「最初は失敗も多かった」と振り返ったうえで、「相場で勝つには毎日相場を見続け、楽をしようと思わないこと」と勝利に近道はないと諭す。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN) 金岡弘記】 星野昭(ほしの・あきら)氏 1989年に一橋大法学部を卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。主に外国為替ディーラーとして東京やロンドンでキャリアを積み、2018年7月から三菱UFJ銀行シニアフェロー金融市場部共同部長。東京外国為替市場委員会の議長を長く務めるほか、今年からGlobal FX Committee副議長 ■テールリスクを味方につける まだ駆け出しのオプショントレーダーだった1990年代、現在はユーロになっているドイツマルクの対ドル取引を一時まかされた。銀行のオプショントレーディングは顧客や銀行間同士の取引を通じて作られる「ポートフォリオ」を管理する。数%の相場変動が起きた場合には対応できるようにしていたが、テールリスク(可能性は極めて低いが起こるとダメージが大きい)への備えは不十分だった。 あれは、ちょうど結婚相手の両親にあいさつに行った日だった。ロシアでクーデターが起こり、市場が混乱していることは想像できたが(日本語の)ニュースは円の対ドル相場が大きく動いていると伝えるだけでそれ以上に相場への影響が大きいはずのドイツマルクに関しては何も報じていなかった。慌てて東京に戻ったものの時すでに遅く、途中で会社に電話をかけたら「帰ってこなくていい」と言われるぐらい大きな損を出してしまっていた。 クーデターの予想は難しい。それ以降、テールリスクについて深く研究するようになった。 当時の上司は「敏腕トレーダー」と呼ばれる人だった。彼らが「上がる」「下がる」と言えば実際にそうなるのを不思議に思っていたが、スポット(直物)部門に移って日々の需給を眺めているうちに自分も、かなりの確率で相場の方向性を当てられるレベルにまで成長した。毎日相場を考えることで見る目がいくらかは育ったのだろう。 そうした経験もあって98年のLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)危機の際にはテールリスクを味方につけられた。当時はロンドン駐在。危機を受けた相場急変時に取引に入れ込みすぎ、過労で倒れてしまったほどだ。 ■分からない相場からは手を引く 相場の8割はランダム。ランダムな相場は上げと下げの予測がほぼ不可能だ。だから人工知能(AI)予測もなかなかうまくいかない。 基本は無理をせず、取引は最小限にとどめて多くを受け流す勇気が必要だろう。90年代に得た「悟り」もそこがポイント。わかりやすいときだけやり、わからなければ手を引くことに尽きる。 ただランダムな相場にも対峙の仕方はある。例えば値幅と出来高を調べ、値幅の大小と出来高の大小によって4つのパターンに分ける。ランダムな相場は回帰分析における中心回帰的な動きをするとされる。もし出来高が少なくて値幅が大きければ、いずれ戻る可能性は高いと判断して戦略をたてられる。 いずれにせよ自分の相場観を論理的に説明できるかが重要だ。もし体系づけられれば、倒れるほどに精力を傾けた過去の取引パターンの機械化・自動化が可能になる。かつては考えすぎて頭がもうろうとし、夢では真っ暗な中で機械だけ動いている不気味なディーリングルームが浮かんできた。 現在の為替相場は他の市場との相関が強まっている。市場は昔のように為替と金利を分けて見てはいない。株や商品も含めすべての市場が密接に連関している。株や商品、債券それぞれの上げ下げに触発されて為替が大きく動く。その震源地を見極められないとディーリングには絶対に勝てない。 ■高金利通貨の取引は甘くない 世間ではうまいトレーダーの条件として「きちんとストップロス(損失を抑える目的の注文)を置ける人」がよく挙げられる。ストップロスを置くと確かに安心だがその結果、緊張感なく寝ていては絶対に勝てない。一定の相場水準に達したら電話連絡をしてもらい、それを受けて実際に注文するかしないかを決める「コールオーダー」だけを置く。修羅場でストップロスの是非を判断する苦しい状況に耐えてこそ勝てる力を身につけられると思う。 相場にどっぷりつかっていた若いころは、短期的な相場の流れに乗る「順張り」でアグレッシブに取引をしていた。半面、最近は逆張りも多い。相場に対峙する際のストラテジー(戦略)に絶対はない。自分にあったスタイルを見つけることが大切だ。 個人の資産運用では引き続き高利回りのエマージング(新興国)通貨が人気だが、見た目の高い利回りにだまされてはいけない。プロの世界では0.1%単位で利回りを確保しようと日々競っているのに、リスクをとったらすぐに数%単位の収益を得られるなどというほど為替は甘くない。 今夏の「トルコショック」ではかなりの投資家が痛手を被った。急落局面で少しずつでも逆張りを続けられる体力がないと長い勝負には勝てないだろう。 高金利通貨は売りも簡単ではない。「ショート(売り持ち)はスポットで勝ち、ファンディング(調達)で負ける」という。売り持ちに伴って不足する資金は為替スワップなどを通じて借り入れるが、当然、高い利息を払わなければならない。ごく短い期間のうちに為替差益を得られなければコスト負けしてしまう。 主要通貨はボラティリティー(変動率)の低い状態が恒常化している。だが今後は要注意だ。為替相場の大変動は景気循環の転換点で起こりやすい。足元ではその転換点が近づいているのではないか。社債などのクレジット(信用)市場や株価に目を凝らしておきたい。 正確な見極めは容易ではないが、これまで安定していた主要国の通貨にもトレンドが生じる可能性は十分ある。ボラティリティーを生かして為替差益を積みあげるチャンスが来るかもしれない。 (随時掲載)

すべての道は金利に通ず by 鈴木涼介氏(シリーズ:ベテランに聞く)

一国の経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)や金融政策と最も密接に関わるのは金利の市場だろう。しかも一回あたりの取引額が大きく、名だたる金融機関やヘッジファンドが慎重に立ち回るため、株や外国為替よりも理路整然とした動きをしやすいとされる。ドイツ銀行やHSBCロンドンで敏腕の金利ディーラーとして活躍した鈴木涼介氏は現在は仮想通貨の世界に身を置くが、自らの経験を踏まえて「すべての道は金利に通ず」と明言する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今晶、尾崎也弥】 ※11月27日付の記事を再配信しています。 鈴木涼介(すずき・りょうすけ)氏 高校から英国で教育を受け、ロンドン大のキングスカレッジ自然科学工学部数学科で学んだのちドイツ証券に入社。円金利スワップ担当としてディーラーのキャリアをスタートさせた。ドイツ銀行東京支店を経て英国に戻り、ドイツ銀ロンドン拠点の金利・通貨スワップデスクでヘッドトレーダーを務めた。2013年に英HSBCロンドンに移籍し主要7カ国(G7)短期金利・通貨スワップ部門のヘッド。18年に独立してゼニファス・キャピタルを立ち上げ。仮想通貨ヘッジファンドを運営するほか、一般向け投資教育プラットフォームの構築を目指し、ツイッターで情報発信も ■判断に迷ったら金利を見よ 外為市場には「金利と為替の方向性が違ったら、たいてい金利が正しい」との自虐的な教訓がある。債券や短期金融市場の効率性と合理性をよくあらわしていると思う。投資判断に悩んだら必ず金利動向を参照すべきだ。 もちろん株や為替と同様、金利にも情報や需給の偏りがもたらすゆがみは生じる。だが、きわめて見えにくい。短期資金やデリバティブ(派生商品)の取引は参加者の信用力に応じて価格や金利水準がころころと変わるため、惑わされるのだ。そんな中で巨額のお金を回していくのだから、相場環境とゆがみの有無を的確に判断できなければ絶対に生き残れない。 例えば現在、日本の金融機関は「ベーシススワップ」や「為替スワップ」を通じてドルを調達する際に大幅な上乗せ金利を求められるのに対し、ドルの保有者は取引相手を選べば円をかなり安く調達できる。さらにドルの需給が引き締まりがちな海外の決算期末を意識し、スワップを年末年始を挟む期間にするだけで円のコストはさらに下がり、国庫短期証券(TB)での運用利回りは良くなる。 もしそのような微妙な違いに気づき、収益を高められる人なら他の市場でも必ずつぶしがきく。資産の割安・割高を見極めて売買する「レラティブバリュー」運用で十分生き残れるだろう。 ■「負けて覚える相場かな」 相撲界に「負けて覚える相撲かな」との格言がある。相場も実践あるのみだろう。オンライン証券会社がよく提供している模擬トレードのシステムで練習してからなどとは決して思わないことだ。身銭を切ってディーリングに臨み、負けてお金を失うからこそ真剣に敗因と向き合い、次につなげられる。 もちろん大けがばかりして再起不能になっては意味がない。自信がなければ投じる資金を最小限に抑え、トライ・アンド・エラーの精神を忘れずに臨むべきだ。 長めの相場シナリオをたてるときは過去の経験則やチャートには頼らず、ファンダメンタルズの変化を意識しながらまずは自分で考えてほしい。ファンダメンタルズ分析は外為証拠金取引(FX)や株では短期トレーダーを中心に軽視されがちだが、金利系の投資家は誰もがきちんとやっている。 ■仮想通貨でも金利ディーラーの視点 インターネット上の仮想通貨は引き続きビットコイン(BTC)が主役になるだろう。足元では機関投資家や富裕層はあまり仮想通貨に手を出していない。ただ富裕層は「我」や向上心が強く、もっともうけて他人との差を広げたいと頑張る。仮想通貨市場の将来性や収益性が高いと判断すればすぐに買いを増やしそうだ。 ポイントは仮想通貨の上場投資信託(ETF)の行方だ。承認されれば正式に「アセット(資産)クラス」の仲間入りをする。機関投資家の保有ハードルが低くなるので、気の早い個人は先回りした買いを進め、相場には上昇圧力がかかるだろう。 ここで重要なのは金利ディーラーが大切にする時間軸の視点だ。ビットコインETF市場などが再び拡大に向けて動き出したとしても、法律やシステムが整って実際にマネーが流入するのはだいぶ先の話だ。前のめりな買いに対しては淡々と売り、底値を確かめたほうがよい。 BTC市場の復活までにそれなりに時間がかかるとすると、大口投資家はなかなか持ち高を積みあげられない。では、BTCの代わりはないだろうか。 いま注目しているのはリップル(XRP)だ。一民間企業であるリップル社が深くかかわるXRPは、管理者不在の印象が強い仮想通貨らしからぬファンダメンタルズの底堅さをもつ。銀行間の資金決済にも試験的に用いられ、認知度は高い。 トルコやアルゼンチンといった対外債務が多く、経済基盤が脆弱な国の人々が自国通貨安を回避(ヘッジ)する目的でもリップルは使われやすいとみている。足元ではトルコリラ建てのXRP相場がしばしば値を上げている。トルコのエルドアン体制は安定しているが、経済政策は心もとない。トルコでは銀行口座をあえて持たず、リラ安ヘッジのためにリップルなど仮想通貨を求める人が結構いるようだ。 (随時掲載)

相場波乱時こそ、自らをコントロールする by 北野一氏(シリーズ:ベテランに聞く)

「市場の世界では自らをコントロールできるかが全て」--。1982年に金融の世界に足を踏み入れて以来、債券から為替、株式まで幅広い業務に携わってきたみずほ証券エクイティ調査部長の北野一氏はこう強調する。金融を巡る環境はめまぐるしく変化しており「過去の経験や教訓を生かすという発想ではなく、日々考えを更新していくことが必要」と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)長谷川雄大】 北野一(きたの・はじめ)氏 1982年に大阪大学法学部を卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。資金証券部で債券トレーディングなどに携わる。97年に東京三菱証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に移り、日本株チーフ・ストラテジストを務める。2006年からJPモルガン証券やモルガン・スタンレーMUFG証券、バークレイズ証券でそれぞれチーフ・ストラテジストを務める。16年にみずほ証券に入社。エクイティ調査部長を務め、18年8月からエコノミストも兼任 ■ブラックマンデーで未熟さを痛感 金融自由化まっただ中の1982年、当時の三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入社した私は、85年に債券ディーリングを行う資金証券部に異動した。世は国債の大量発行時代。規制の緩和・撤廃で新しく銀行に認可された業務だ。当時の銀行にとっては新しい業務で経験者がいない。若手ではあるが、指標銘柄は自分が中心に売買していた。 そこで自分の未熟さを思い知った出来事がある。87年10月19日の「暗黒の月曜日(ブラックマンデー)」だ。米国株式市場で、ダウ工業株30種平均が1日にして500ドル超下落した。下落率は23%と、世界恐慌時を上回って史上最大。米市場では株が売られるとともに債券も売られた。ただ、さすがに株の下落が激しく、徐々に米債券は「フライト・トゥ・クオリティー(質への逃避)」という形で買い戻された。私はその時、債券で金利低下方向にポジションを持っており、日本の債券も買われていればそのままで良かった。しかし、なぜか日本の債券は買われず、金利は高止まりしたまま日本市場に戻ってきた。ロスカットのルール上、寄りつきでそのポジションをクローズせざるを得ず、午前中はぼうぜん自失だった。 後から思えば、87年5月当時の指標銘柄の利回りは2.55%(10年債)まで下がっていた。当時の短期金利が4%くらいだったので、大幅な「逆イールド」だ。指標銘柄のプレミアムといってもあまりにもミスプライシングだが、それが放置されるくらい市場が未熟だったのだろう。そんな逆イールドの巻き戻しが始まり、債券先物で大損する事業法人が出てきて、その後に起こったのがブラックマンデーだった。米国とドイツは金融政策を巡って不協和音があり、米国が金融引き締めに向かったり米国株が極めて割高に買われていたりと、大波乱の兆候はすでにあったのだ。 もう少し全体像がみえていれば、ロスカットせずに当時組んでいた金利低下方向のポジションを生かすことができたと思う。しかし当時は日々、目の前にある日本の指標銘柄の値動きしか見えておらず、視野があまりにも狭かった。後場になって再度ポジションを金利低下方向に復元したが、絶好のきっかけがあったにもかかわらず、初動を慌てて大間違いをした。何が起ころうと常に落ち着いていること、しっかりとできる限りの情報を収集することが大切だと痛感した。 ■心に刺さった先輩ディーラーの言葉 88年にニューヨークに転勤した。大変尊敬できる先輩ディーラーとの食事の際、非常に印象に残っている言葉がある。どんなアプローチで相場をみているのかと聞かれ、私は「予測精度を上げることで、収益を大きくできる」と答えた。すると、先輩の言葉は「そのアプローチは100%間違っている」。「予測精度を上げても、買いたい時に本当に買えるのか、売りたい時に本当に売れるのか。本当の買い場や売り場とは、相場が大きく動いて怖くて売買できない時だ。その時に自分をコントロールできるか否かが全てだ」と言うのだ。ブラックマンデーで失敗をした後だったので、その言葉は心に刺さった。 ニューヨークで米国債のディーリングに携わった後は、日本に戻って為替アナリスト業務に従事した。日本の銀行に対して子会社を通じた株のビジネスが認可され、その立ち上げで97年に東京三菱証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に移って株式リサーチを担当した。債券から為替、株式まで幅広く経験したことで、各分野で「感覚のようなもの」を培うことができたと思う。金融の世界では、どれくらいの値幅や金利が動いたら心理的に動かされるのかなど、テキストを読むだけでは分からない感覚がある。どの分野でも相場という意味では同じで「感覚のようなもの」や経験は生かせる。 ただ、金融は過去の学習や経験だけで乗り切れる単純で楽な世界ではなく、日々新しく学ぶことのほうが多い。常に考えをアップデートし、新しい考え方を吸収していかなければならない。金融界では繰り返し、様々な理論が生まれては廃れる。例えば、教科書には「株は業績と金利で決まる」と教えるが、実は正しくない。正確には「業績か金利で決まる」であり、なぜ違うのかを常に考えていかなければならない。 ■自分の「性能」や「歩留まり」を知るべし これまでの経験で特に苦労したのは、トレーダーではなくリサーチに移ってからで、アイデアが浮かばない時だ。ただ、そういう時は焦らずに情報収集作業に努めること。自分の「性能」や「歩留まり」を知ることも大事だ。自分の場合は1のアウトプットを出すために100の情報をインプットしなければならない。自分の性能を知るために大学までの学校教育があると考えている。   マネジメントとリサーチでは仕事に違いがあるようにみえるが、本質は変わらない。異なるのはインプットとアウトプットの形だけで、インプットがなければアウトプットが出ないことに変わりはない。他社との競争という意味で、勝機があるのは案外マネジメントだ。リサーチは誰もがインプットの重要性を知っているのに対し、マネジメントの仕事では意外とインプットが重視されていないためだ。マネジメントにとって必要なインプットは何かをつかんだ者が勝つ。 (随時掲載)    

FXはパチンコや競馬と違う by 太田二郎氏(シリーズ:ベテランに聞く)

日本の外国為替証拠金(FX)取引は今も昔も、一定のレンジを前提に相場の流れに逆らう「逆張り」が主流だ。相場経験が浅い人は戦略なしに何となくレンジを決めることが多く、1990年代後半から相次いだ金融危機や市場の混乱にうまく対応できなかった。FX取引がまだマージントレードと呼ばれていた草創期から投資家の浮き沈みをつぶさに眺めてきた為替ストラテジストの太田二郎氏は「ともかく1つのやり方を極めるべきだ」と諭す。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今晶】 太田二郎(おおた・じろう)氏 1970年代の終わりに外国為替業界入りし、米ファーストボストン(現クレディ・スイス)やドイツのBHF銀行を経て98年、英ナットウェスト銀行でマージントレードの営業を始める。その後はFX向け取引システムのフロンティアである米GFT(Global Forex Trading)東京支店でキャリアを積んだ。現在は個人向けの外為アナリスト、ストラテジストとして情報提供を続ける ■直感頼みは通じない 現代の外為取引で重要なのはいかに自らを律するかだ。(自己資金よりも多い額を運用できる仕組みの)レバレッジの比率を抑えたり、予想が外れたらすぐに損失覚悟の持ち高解消を進めたりするのは当然だ。もう1つ、チャートでもファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)でも何でも構わないのでこだわりを持つとよい。 ある投資家は、テクニカル分析の「ギャン・ルール」を用いたトレーディングに専念している。法則を発見したウィリアム・ギャン氏はルールに厳格に従い、勝率を高めたことで知られる。ここで言いたいのはギャン・ルールが良いか悪いかではない。1つの分野を極めていこうとする探究心だ。 かつてのディーリング部門は自らの経験と勘に頼る職人の世界で、リスク管理などあってないような足元では考えられないところだった。英ナットウェスト銀行(現ロイヤルバンク・オブ・スコットランド)にいたころは自己勘定でディーリングをしながら顧客対応をし、銀行全体の収益を押し上げた。同時代のトレーダーには大損の危険を顧みず巨額の持ち高を振り回していた猛者が多い。当時は参加者の数が少なかったので直感頼みでもどうにかなったが、市場が拡大した一方でとれるリスクが少ない現在では無理だ。 為替相場は株や債券に比べるとはるかにランダムに動く。勝てたとしても打率はせいぜい3~4割だろう。漫然とディーリングをしていてはせっかくの勝機にきちんと資金を投じられない。 ■「このやり方で必ず勝てる」は絶対にない FXを手掛ける個人のマインドはあまり変わっていない。パチンコや競馬をするようなレジャー感覚で、ともかく楽をしてもうけたいとの考えが強い。安易にレバレッジ運用に傾くために想定外の事態にもろく、2000年にかけての日本の金融危機や01年の米同時多発テロ、03年のイラク戦争、08年のリーマン・ショック、11年の東日本大震災の後の大荒れの市場に耐えきれず次々と去っていった。 退場者には共通項がある。書籍やウェブサイトで「このやり方なら必ず勝てる」といった根拠がはっきりしない取引手法や経験則を疑いもせずに取り入れるのだ。自分で考えを巡らせていないのでまったく応用がきかない。 各国の経済情勢や金融政策は奥が深い。例えば米雇用統計では非農業部門雇用者数や失業率だけでなく、時間当たりの賃金や広義の失業率などチェックすべきポイントが少なくない。それに対し1つのパターンや取引手法で語れるはずがない。にもかかわらず、たいてい「必勝法」のやすきに流れてしまう。努力が必ず報われるわけではないが、楽をしていては絶対に勝てない。 ■為替の需給、かなり複雑に 17年に起きたインターネット上の仮想通貨バブルと18年初めにかけての崩壊をみると08年までのFX隆盛期を思い出す。FXもかつてははるかに規制が緩く、レバレッジ比率の上限は会社によっては数百倍にも達していた。「簡単にもうけられる」との甘い言葉に乗り、ろくにリスクを考慮せずに高いレバレッジをかけて多額の損失をこうむるケースが後を絶たなかった。 為替需給はここ10年ほどでかなり複雑になった。昔の常識は当てはまらないと割り切るべきだろう。主要国の経済は総じて成熟し、日米欧ともに潜在成長率が下がって為替の大きな変動をもたらすような金利差は生じにくくなってきた。 それでも相場に対する心構えの基本は変わらないはずだ。テクニカルを用いるにせよ、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に傾斜するにせよ、何らかの勝ちパターンを見つけてこだわってほしいと思っている。 (随時掲載)

アナリストは市場の羅針盤たれ by 海津政信氏 (シリーズ:ベテランに聞く)

市場の荒波を乗り越えてきた大ベテランたちに、これからの相場との向き合い方を尋ねる「ベテランに聞く」。野村証券金融経済研究所の海津政信シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザーは、企業アナリストの経験が豊富で、その後、日本株ストラテジストとしても活躍した。アナリストの役割として「正しい値付けがおこなわれるよう『市場の羅針盤』としての機能を果たすことだ」と話す。そのためには「論理的な理由付けをもとに、適切な投資判断を示すことが必要だ」と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN) 北原佑樹】 海津政信(かいづ・まさのぶ)氏 1975年、横浜市立大学商学部卒業後、野村総合研究所入社。建設、住宅・不動産、家電・電子部品、機械担当のアナリストを経て、日本株ストラテジスト。2002年野村証券金融研究所所長、12年1月より現職 ■論理的な理由付けで適切な投資判断 市場にはその時々に応じて適切な投資判断があり、そのためには論理的な理由付けが必要だ。一貫して強気とか弱気ということはあり得ない。政治と経済、産業、マーケットの4つの側面を意識して、多面的に検討することが望ましい。 アナリストだからといって株式相場ばかりを見ていては仕事は出来ない。特に政治をみる力は重要だ。政治やマクロの情報には株式市場のようなインサイダー規制がない。人脈を作り、情報収集力や分析力を高めれば、アナリストの競争力になる。 例えば、今年9月の日米の閣僚級貿易協議(FFR)で、自動車関税を回避できると私が確信した時の判断材料は3つある。まず、内閣府が公表した安倍晋三首相とトランプ米大統領の夕食会の写真で、両首脳が打ち解けた雰囲気で写っていた。トランプ氏は表情に出やすいので、この雰囲気なら会談はうまくいったと思えた。次は霞が関への電話。ある官僚は「もし貿易協議で自動車関税25%が決まっていたら、今ごろ霞が関は大騒ぎだ」と話した。また、日米の貿易摩擦の影響が軽いとされて買われていたスズキ株が下落したことで、関税回避の可能性が高まったサインとみた。材料を多面的に集めて総合的に判断する。こうした視点が欠かせない。 世の中のムードに流されない冷静さも必要だ。2000年2月のインターネットバブル絶頂期、私はヤフー株に慎重な見方を示した。インターネットが世の中の仕組みを大きく変えることは予想していたが、広告市場の全てがインターネット広告になったとしても、PERが70倍から80倍の水準にあるのは割高だと判断したからだ。 ■若手アナリストは仮説検証力を鍛え、企業経営に助言を 「市場の羅針盤」としてのアナリストの役割は今も昔も変わらない。これからのアナリストは、今まで以上に仮説を立て、検証する力が求められる。上場企業に公平な情報開示を義務付ける「フェア・ディスクロージャー・ルール」の下では、情報を得る機会が限られるからだ。 私は研究所所長時代に「事前に仮説を立てて決算説明会に参加し、疑問点を企業にぶつけ、説明会が終わった時点でその企業の数年先の1株当たり利益(EPS)をイメージできるようにしなさい」と部下に指導した。このような取り組みが、アナリストの競争力を高めると考える。若手のアナリストにはぜひ、企業経営に助言する力を付けてもらいたい。アナリストの視点で見ると、企業の課題が見えてくるはずだ。 ■2028年、日経平均は3万8900円を取り戻す 日経平均が今年1月に26年ぶりの高値を付けたのは、日本企業が稼ぐ力を取り戻したからだ。非製造業が大きく成長し、主力の製造業も回復した。ただ、米国発の景気後退で2020年ころに日経平均は踊り場に入る公算が大きい。19年9月で米国の利上げがいったん終わると、為替が円高・ドル安に振れる。企業収益が伸び悩み、日経平均は2万~2万5000円のレンジ相場が1~2年続くだろう。その後、景気は再び拡大し、28年には利益水準から換算して日経平均株価はバブル期の水準である3万8900円まで上昇するとみる。 そのための条件は2つだ。1つ目は日本企業がデジタル革命に真っ向から取り組み、克服していくことだ。電気自動車(EV)や自動運転、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」など世界のデジタル化に応じて、ビジネスモデルを柔軟に変化させる必要があるだろう。2つ目は日本の個人の金融資産約1800兆円をもとに運用収益を高め、きちんと消費に回していくことだ。 (随時掲載)

1ドル360円でも70円でも、謙虚に相場を追いかける by 中山恒博氏(シリーズ:ベテランに聞く)

「非常識な為替相場は長続きしない」。言うはやすしだが、修羅場をくぐり抜けたつわものたちでも見極めは難しい。ドル高是正で主要5カ国が協調介入した1985年9月のプラザ合意時、日本興業銀行(現みずほ銀行)の為替課長として最前線に立った大物ディーラーの中山恒博氏も「やさしい相場など一度もなかった」と振り返る。そのうえで「年に2~3回程度の数少ない勝負どきをいかせるよう、謙虚に相場の異変を察する感覚を研ぎ澄ますしかない」と話す。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)=荒木望】 中山恒博(なかやま・つねひろ)氏 1971年に慶大経済学部を卒業後、興銀に入行。85年9月のプラザ合意時に為替課長を務める。2004年にみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)副頭取に昇格した後、07年にメリルリンチ日本証券に移って代表取締役会長、18年6月以降は東海東京フィナンシャル・ホールディングス取締役を務める ■相場の「成熟期」を見極めよ これまで円相場の変動を1ドル=360円から70円台までみてきたが、やさしかった相場など一度もなかった。巨大で無機質な相場に立ち向かい、相場がどの方向に進むのか一人のディーラーとして謙虚に追いかけていくしかない。 メディアやエコノミストは「現在の相場には不透明感が強い」とよく言う。相場がなぜ動いたのか解説しなければいけないから、不安定な相場はついつい「不透明」と結論づけたくなるのだろう。だがディーラーの立場で言わせてもらえば、相場が動くのにいちいち理由はない。同じ現象が起こっても、部屋のなかにガスが充満していればマッチ一本で爆発するし、していなければ何も起こらない。相場に当てはめると成熟しているかどうかの違いだけだ。 相場の機が熟しているのかの見極めは、持ち高の傾きなどを追いかけ続けることで培われる肌感覚に頼るしかない。ある相場が常識的にみておかしいと思う感覚は大切にすべきだ。違和感を持つことは年に2~3回しかないが、そういうときには徹底的にやる。 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との言葉がある。経験からしか物事を理解できないとすると、理解するまでに相当な数の失敗を繰り返さないといけない。謙虚に過去の事例を学び、「常識」を大事にすることが効率的で重要だと思う。例えばバブル相場が破れると、1929年の大恐慌を研究したガルブレイスを読み始める人が多い。そうやって常識を養うべきだろう。 ■「見切り千両」を意識せよ ディーリングで難しいのは損切り(ロスカット)と利益の最大化だ。相場の格言に「見切り千両」とある通り、安定して勝ち続ける人は慎重で、ロスカットがうまい。自分の周りでも優れたディーラーは臆病な人間が多かったと記憶している。大胆な人は華々しくもうけて、大胆に損をする。9勝1敗でも、結局その1敗で9勝を失うケースが昔はよくあった。 損切りのポイントは勘に頼ってはいけない。電気機器のブレーカーのように機械的なルールとして決めなければいけない。たとえ何があっても、あらかじめ決めた水準でまずブレーカーを一度落とすべきだ。 1990年代にかけ、ルールをちゃんと決めなかったためにディーラーが損切りできず、いくつもの組織が存続の危機に陥った。損失が増えると相場が反転して元に戻ればいいのだからと、わらにもすがりたい気持ちはよくわかる。人間の弱さがあるからこそ自動的に損切りをするルールが必要だ。 また、昔から「ナンピンは厳にいましむ」と語り継がれている。ナンピンとは、自分のポジション(持ち高)の価値が下がっている過程でさらに持ち高を膨らませ平均取得コストを下げる手法だ。相場が予想に反して動いたときに陥りやすい「わな」だ。いずれ身動きがとれなくなる。 ■利食いを遅らせる勇気をもて 利益を増やすコツは、利益が出てもすぐに利食わない勇気を持つことだろう。少しでも利益が出るとなかなかこらえ切れず、間を置かずに利食いたくなる。だが利食わない勇気を持たなければ、損は大きく、もうけは小さくなってしまう。 著名ディーラーのチャーリー中山(中山茂)氏にこんなエピソードがある。ドルの買い持ちで大きく含み益が出て利益を確定させたい衝動に駆られた彼は、あえてもう一度買い増した。弱気を打ち消し、自分を律するためだ。高値づかみのリスクが高くてもそうした勇気がないと、利益の最大化はできない。 ディーリングは本来、短期的な為替相場の流れに乗るものだ。ただ現在は人工知能(AI)の時代になり、短期の相場に人がかかわる余地は小さくなった。3分後に円が何円動くかに賭けるのは、コイントスと同じだ。長い目で見て相場の姿がどういう方向にいくのか、追いかけていくのが人の役割になりそうだ。(随時掲載)

相場の微かな変化を見抜く by 花井健氏(シリーズ:ベテランに聞く)

記憶に残る外国為替ディーラーといえば誰か。問われたときに名前が挙がる日本人は少ない。その一人が日本興業銀行(現みずほ銀行)のすご腕で鳴らした花井健氏だ。現在は企業経営アドバイザーとして為替経験をいかす花井氏は現役時代、徹底的に相場に入り込み、かすかな変化も見逃さず勝ち抜いてきたとの自負がある。「周囲に『運が良い』と映っても実は地道な努力の積み重ねによるところが多い。『見抜く力』を得られるか否かが勝敗を分ける」と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今 晶】 花井 健(はない・たけし)氏 1977年に大阪市立大商学部を卒業。興銀(当時)に入行し国際為替営業部長やみずほコーポレート銀行の本店営業第4部長、執行役員上海支店長、常務執行役員アジア・オセアニア地域統括役員を経て2009年に楽天に移籍。現在は自己勘定で取引をするとともにアシックスや丸運、日本精線、タツタ電線、LIFULLの社外取締役と複数の企業で顧問を務めるほか、母校の大阪市立大の国際交流アドバイザーとして教壇に立つ   ■「微か(かすか)なるより顕か(あきらか)なるはなし」 これは孔子の説とされ、日立製作所フェローの矢野和男氏は著書「データの見えざる手」(草思社)で「君子は微かを知るがゆえに顕かを知る」と読み替えている。現在の世の中も、見えているようで見えていないことだらけだろう。 見えていないものをそのままにしていては進歩はない。相場漬けの日々を送り、ニュースなどで表に出ていない動きやパターンの変化、構造を細かく拾う地道な作業、真の人脈作りと情報収集が必要だ。王道やマニュアルなど無く、うまくいっても「幸運」ぐらいに軽く受け止められるのかもしれないが、それが実力だと胸を張っていい。 デジタル技術や人工知能(AI)との付き合い方のツボもそこにある。AIによるデータ解析や経済指標への反応スピードは格段に進歩し、短期取引はAIやアルゴリズムの独壇場になりそうだ。だがAIもアルゴも精度がまだ低く、相場のオーバーシュート(行きすぎ)を引き起こしやすい。流れに逆らう「逆張り」が有効な局面がしばしば生じている。判断をするのは人間だ。 とにかくIT(情報技術)との関わりは避けては通れない。AIなどの長所と短所をしっかり把握し、取引につなげるのは人の仕事。長期投資では人間の出番が増えるだろう。人と機械の特性をそれぞれうまく活用した分業体制が理想だ。 ■性悪説でシステムを作り、性善説で人を管理する 感情に流されず欲望を前面に出さない「無心」「無我」の境地は、頭では大切だとわかっていても簡単には割り切れない。外為市場の先人は様々な工夫で無心になれるよう努めてきた。例えば元東京銀行(現三菱UFJ銀行)の若林栄四氏(現ワカバヤシエフエックスアソシエイツ代表取締役)は相場変動を「神意」とみなし「負けは神の領域に近づきすぎたから」と自らに言い聞かせ、チャートなどを駆使して淡々と敗戦処理に臨んだという。 人間が作り出す「有機質」の要素では説明できない客観的な現実がマーケットには厳然と存在する。勝てるトレーダーはそんな「無機質」の視点を必ず持っている。著名な日本人のディーラーとしてまず名前が挙がる堀内昭利氏(現AIAビジネスコンサルティング社長)やチャーリー中山(中山茂)氏はこの無機の部分、具体的にはディーリングで最も大切なロスカット(損切り)が見事だった。 上手にロスカットをして負けが込まないようにできればおのずと勝機は増える。相場は期待通りにはならない。常勝は不可能と割り切って臨んできた。 為替取引を通じて得た座右の銘は「性悪説でシステムを作り、性善説で人を管理する」。やすきに流れがちな人間に本質的な罪はない。弱い人を追い込まないようにルールを決める。あとはそれを実行に移せるかどうか。為替に限らず、事業運営の全般に当てはめられる真理だと思う。 みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)本店営業第4部長で不良債権の処理を担当していたとき、「不良債権がある取引先の希望通りの支援を続けていたら負担は際限なく増える。希望的観測はもたずに当初決めたガイドラインに従い、すぐに処理すべきだ」と当時の斎藤宏頭取に訴え、理解してもらってスムーズに事を運べた。 ■トライ&エラーの意識忘れず 投資はトライアンドエラーの繰り返し。当たり前のようでも、何が正しくて何が間違っているのかの判断はかなり難しい。大事なのは謙虚に学ぶ姿勢だ。勝てるトレーダーはたいてい、貪欲に情報を得ようと食らいついてくる。 2006~07年、みずほでアジア・オセアニアビジネス担当の常務だったときだ。アジアの中央銀行幹部は金融政策の専門家ではあっても、需給環境が複雑な為替相場にはあまり明るくなかった。そのために中銀としての運用シナリオが正しいのか見極めたいと、為替専門の私にひんぱんにアドバイスを求めてきた。円を元手にした外貨建て取引「円キャリートレード」が盛んなころで、アジア中銀もこぞって円キャリーに傾いていたからだ。 上海勤務時には中国の金融当局が円の自由化の歴史や為替管理の方法について聞いてきた。政府関係者の為替マインドの高さに感心したことを覚えている。 Once a dealer always a dealer.  Don’t worry about failure, Worry about the chance you miss when you even try!   「一度ディーラーを経験したらずっとディーラー、失敗を恐れるな」――。ディーラーの合言葉だ。これを肝に銘じ、年齢に関係なく身に付けられるデジタル技術力と新たな人脈を広げられる人間力、リスクをとって市場に対峙する力の「新・3種の神器」を備えられれば、相場だけでなくこの先の社会の荒波も乗り越えられると信じている。(随時掲載)

流動性低い通貨には手を出すな by 若林徳広氏(シリーズ:ベテランに聞く)

投資に必勝法などはなく、ミスを極限まで減らすことこそ勝利への近道。その鉄則に忠実に従い、相場の荒波を乗り越えてきたのが外国為替ディーラーのバート若林こと若林徳広・ステート・ストリート銀行東京支店長だ。若林氏は「相場観を間違えてもすぐに気づけば十分立て直せる」と指摘し、そのうえで「流動性」の大切さを訴える。「トルコリラのように相対的に流動性が低い通貨には手を出さぬ割り切りも必要」と説く。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今 晶】 若林徳広(わかばやし・とくひろ)氏 東京都出身。セント・メリーズ・カレッジ・オブ・カリフォルニアを卒業後、東京で外国為替のキャリアをスタート。以後トロントやシドニー、香港で勤務した後、2000年にステート・ストリート銀行に入行し東京支店の金融市場部部長や香港支店の外国為替営業部長を経て現在にいたる   ■どんな荒れ相場でも変わり身早く プロとして生き延びてきた人はともかくミスをしない。ミスをしないとは、相場観やポジショニングを間違わないとの意味ではない。誤解を恐れずにいえば変わり身の早さだ。読みが外れてもすばやく気持ちを切り替えて流れに乗り、相場が上げても下げても収益を得る。トライ・アンド・エラーを続け、経験を積んでミスを防げば収益拡大の好機はいずれ訪れる。 2008年のリーマン・ショックや12年にかけてのギリシャ危機、16年の英欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)決定と米大統領選でのトランプ氏当選後など金融市場が大荒れとなった時期を最前線の為替ディーラーとして過ごしてきた。相場が激しく動いているときはどこが適正水準かの見極めはほぼ不可能だ。それでも顧客や他のディーラーから価格提示を求められたらレートを出さなければならない。そんな中でミスなく注文をさばいていく力を付けていった。 若いころに野球をしていたので、1つのミスが試合全体に及ぼす悪影響の大きさは身にしみている。相場も、利害が異なる多数の参加者がせめぎ合うスポーツのようなものだ。ミスばかりしていては絶対に勝てない。 電子トレーディングシステム(EBS)が普及するまでは人間のブローカーがスピーカー経由で流す声を聞き、専用回線を通じてトレーダーとブローカーが取引していた。ブローカーの声色から大量の注文が入っているのか相場が荒れているのか、商いが厚いのか薄いのかだいたい推測できた。一方、デジタル全盛のいまは値段をコンピューターのモニター画面で見る時代。無機質な数字には感情がこもらない。相場の風向きを把握するのは難しくなっている。 足元ではコンプライアンス(法令順守)の制約もある。ディールはどうしても守りに入りがちだが、ミスの原因を減らして変化に対する感度を高められれば優位にたてる。 ■トルコリラ急落は起こるべくして起きた アルゴリズムなどの高速取引が存在感を増している。機械がひとたび反応するとごく短い時間で巨額のお金が行き来し、相場の振れが大きくなりやすい。 ここで重要なのが取引の自由度をあらわす「流動性」だ。流動性が低いと市場の混乱時に機動的な持ち高調整が難しく、思わぬ損失につながりかねない。流動性が乏しかったら手を出さないぐらいの割り切りがあっていいと思う。 8月にかけて急落したトルコリラにも同じことが言える。主要20カ国・地域(G20)メンバーでもあるトルコの市場規模はかなり大きく、リラの平時の流動性は問題ない。ただ先進国通貨に比べると足の速い投機資金の割合が高い。いざというときの流動性はだいぶ下がると考えられる。少なくとも相場が一定期間、一方向に振れ続けているときは急激な反動のリスクを意識すべきだ。 日本では低金利環境が長引いているため、トルコリラのような金利の高い通貨の需要は根強い。外為証拠金(FX)投資家を中心に持ち高は円売り・リラ買いに傾いてくる。半面、そのことを海外勢はよく知っていて、損失覚悟のリラ売りを行使させようと攻めてくる。流動性の問題と持ち高の偏り。7~8月にかけてのリラ安加速は起こるべくして起きたのだろう。 バブルやその崩壊時期の見分け方についての研究はまだ進んでいないが、場数を踏んだ金融機関は傷を最小限に抑えるためのノウハウを蓄積している。収益を上げるには、ある程度はリスクをとって動かざるを得ない。ここでも、いかにミスを減らすかの重要性が強調されているはずだ。(随時掲載)    

トルコリラ急落から何を学ぶか by 小林芳彦氏(シリーズ:ベテランに聞く)

外国為替市場で7月以降に加速したトルコリラの下落は、日本で外為証拠金(FX)を手掛ける個人投資家に大きな打撃を与えた。銀行の為替ディーラーからFX業界に転じたJFX(東京・中央)の小林芳彦社長は「個人はどんぶり勘定になりがちで気がつくと負けが込んでいる」と指摘し、「自分がどれだけの頻度で勝ち、1回当たりどのぐらい勝てるトレーダーなのかの『身の程』をきちんと知ることが勝利への近道」と説く。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今 晶】 小林芳彦(こばやし・よしひこ)氏 1979年慶大商卒、協和銀行(現りそな銀行)入行。87年から本店資金為替部の調査役となり、カスタマーデスクのヘッドなどを務めた後、89年10月に外資系金融機関に移る。クレディ・スイス銀行の資金為替部長や独バイエリッシェ・ヒポ・フェラインス銀行(現ウニクレディト)為替資金部長、バンク・オブ・アメリカの為替資金部営業部長を歴任しFX業界に入った。「NO.1為替ディーラーが伝授するインターバンク流FXデイトレ教本」(日本実業出版社)などの著書がある ■自らの「損益分岐勝率」を知る 金利差重視で外貨を売り買いする人は金利の高い通貨を安く買って長く保有するだけなのでとりたてて戦法はないが、秒単位で売買を繰り返す「スキャルピング」などの短期取引で差益を狙うのなら押さえておきたいポイントがある。運も実力も備えた「常勝型」はめったにいない。たいていは勝率3~6割の間をうろうろしているだろう。問題は勝つときにどれだけ収益を上げられるかだ。 まず過去を振り返るところから始めてほしい。例えば円の対ドル取引で勝ちを収めた際に1ドル当たり何銭程度利益を上げ、負けたときに何銭損をしたか紙に書き出してみる。 敗戦時の損失が勝利を収めたときの1.5倍だったら、6勝4敗でどうにか収支トントン。7勝3敗でようやくプラスになる。勝率7割はかなり難しいはずだ。勝ちの数を増やせないなら1回当たりの損失を抑えるしかない。 含み損を抱えた持ち高をずるずると維持した結果、それまでコツコツと積みあげてきた利益がパーになった苦い経験はないだろうか。「まずいな」と思ったらただちに手を引くべきだ。リーマン・ショックなどのように相場が大きく荒れる局面ではなおさら、撤収のスピードが大切になる。 市場では「仮に1勝9敗の成績でも、その1回で大きく勝てれば収支はプラスにできる」とのもっともらしい解説をよく聞く。だが6勝4敗でトントンの人間がいきなり1勝9敗で勝てるはずはない。「逆転ホームラン」を狙うあまり損失確定のタイミングが遅れ、損を取り返せないまま終わるのが関の山だ。 限られた資金をどう使うかのルールは厳格にすべきだ。持ち高は差し入れた証拠金の10~20%程度に抑えたり、損失は証拠金の2%以内にとどめたりする。含み損を平準化するために持ち高を増やす「ナンピン」は避けたい。ナンピンを絶対ダメだとはいわないが、撤退の方針を決めて臨んでほしい。 ■ファンダメンタルズは金融政策と金利に絞れ ディーリングの基本は相場の流れに乗る「順張り」だ。日本のFX投資家は流れに逆らう「逆張り」を好むものの、逆張りはいわば、ぶつかってくる相手を受け止める横綱相撲だ。横綱のように胸を貸せるぐらいの力(お金)の余裕があればそれはそれで1つの選択肢だろうが、たいていは「衆寡敵せず」で寄り切られてしまう。 7月の金融市場を動揺させたトルコリラ安の局面でもFX勢は果敢に逆張りでリラを買った。だが結局は欧米ヘッジファンドなどの投機筋のリラ売りに歯が立たず、損失覚悟のリラ売りがさらなるリラ売りを招く悪循環に陥った。 ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)では金融政策と金利に絞って考えるとよいだろう。チャートなどを用いたパターン分析は何でもかんでも手を出すのではなく、ローソク足や一目均衡表、移動平均線など4~5個に絞って定点観測をする。値動きからマーケットのセンチメント(投資家心理の傾き)を瞬時に判断し、取引につなげていくアプローチも大切だ。 短期のディーリングは気持ちに余裕がないと勝てない。負けてカッカしているときは無理にディールをせず、パソコンのモニターの電源を消したり、冷たい水を飲んだりして心を落ち着かせることだ。 思い通りにいかないからといって「相場が間違っている」とムキになってはいけない。相場は常に正しいと謙虚に受け止める冷静さを保ちたい。(随時掲載)    

外為ディーラーは狩猟民族たれ by 小池正一郎氏(シリーズ:ベテランに聞く)

狩猟民族の心構えがなければディーリングには勝てない――。市場のベテランに相場との向き合い方を聞く「ベテランに聞く」の第2回はグローバルマーケット・アドバイザーの小池正一郎氏。外国為替市場の生き字引で円が変動相場制に移る以前から市場に関わってきた小池氏は、日本人が好むレンジ前提で相場の流れに逆らう取引の「待ちの姿勢」を批判する。そのままでは欧米投機筋などの執拗な順張りには到底太刀打ちできないという。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今晶】 小池正一郎(こいけ・しょういちろう)氏 1969年に長銀入行後、外国為替畑を主に歩き、2度のニューヨーク支店経験をもつ。長銀証券を経てスイスUBS銀行外国為替本部の在日代表に就いた後、米シティバンク・プライベートバンクに移籍。2006~15年に国際金融情報コンサルティング会社のプリンシパリス・日本代表を務め、現在にいたる ■徹頭徹尾アグレッシブなスタイル 高収益を目指すにあたって必要な心構えはいくつかあるが、その1つが「市場は狩猟民族が仕切る」との認識だ。著名投資家ジョージ・ソロス氏にせよ、ジム・ロジャーズ氏にせよ、そのトレードスタイルは徹頭徹尾アグレッシブだった。狙った獲物をどこまでも追いかけるように、相場の流れに乗る順張りを突き詰めてくる。 苦い経験がある。日本長期信用銀行(現新生銀行)のニューヨーク拠点でトレーダーをしていたときだ。ドルが対円で上げ始めた局面で、なじみの外国銀行ディーラーからレートを出すよう求められた。ドルの売りと買い双方のレートを示すと彼は買ってくる。しばらくするとまた彼から再びレートを出せと言われ「さらに買われると困るからややドル高にしよう」とレートを提示するとちゅうちょせずに買う。その後間を置かずに再び彼から呼ばれ、かなりドル高の水準を示したにもかかわらずたたみかけて買ってくる。 海外勢のこうした買いによってドルは上昇する一方だったが、売り手に回ったこちらは含み損でノックアウト寸前。「狩猟民族はこういうものか」と心底怖くなった。 足元では狭い範囲で売り買いを繰り返す機械取引の「HFT」が増えてきたものの、欧米勢の基本的なマインドは変わっていないはずだ。ここ数年だと2016年の英国による欧州連合(EU)離脱決定やトランプ相場などで一度動きが出ると、狩猟民族の強みをいかんなく発揮する。軽い気持ちで逆張りをすると大けがしかねない。 ■高いところにお金が流れる 相場予想をする際にまず押さえておきたいのは「高いところにお金が流れる」との原則だ。高い低いの判断基準は安全性と成長性、利殖性の3つ。安全性には市場規模の大きさや取引の自由度をあらわす「流動性」の概念を含む。 有事の際に円買いが進むのは、日本が国として安全だからではなく、円の流動性が高いためだと理解すべきだろう。利殖性は一般市民の目線で、名目金利から物価上昇率を差し引いた「実質金利」の高低が深くかかわってくる。 この原則を18年の相場に適用すると、米ドルと米国株が有望とみている。市場では米利上げが米景気を冷やすとの懸念がくすぶっているものの、米経済指標は今のところ堅調で、景気の腰は相当に強いのではないか。米株式相場の上昇局面はまだ続くと思う。 次に相場は生き物であり、勢いの強弱について常に意識しなければならない。例えば幼、青、壮、老の4段階に分け、現在どのレベルにいて基調転換の可能性がどの程度高いかを考えていく。市場は群集心理に左右されるので、参加者が何を注視しているのか、いち早く情報を得る努力も必要だ。 ■地球儀を眺める気持ちで視野を広げよ 「地球儀の上に立って世界を眺めろ」。いつだったか、米バンカース・トラスト(現ドイツ銀行)の名物ディーラーがこんなアドバイスをくれた。外為市場の中心はユーロの対ドル取引やドルの対円取引で、日本人に限らず円、ドル、ユーロの主要3通貨ばかり見てしまいがちだ。だが他にも収益源はいっぱいある。 2回目のニューヨーク赴任後、のちにソロス・ファンドのアドバイザーを務め、ソロス氏による1992年の英ポンド売りの舞台裏をよく知るリチャード・メドレー氏(故人)と親しくなった。メドレー氏がごく限られた人数向けに開いたパーティーで、デビッド・マルフォード氏(元米財務次官)などの「通貨マフィア」(通貨当局の事務方の幹部)に近づけた。ヘッジファンド業界のことも深く知り、視野が急速に広がった。メドレー氏がその後、調査会社を立ち上げ、市場に影響を与えたのは周知の通りだ。 インターネット全盛の現代は情報があふれていて、玉石の見極めはかなり難しい。既に通貨マフィアの時代ではなく、政府や中央銀行、民間金融機関はコンプライアンス(法令順守)の制約がきつく、昔のように独自に質の高い情報を得られることはなくなった。ただ、人でもメディアでもいいので、信頼できる情報源を1つでも作っておきたい。 個人的なおすすめは英エコノミスト誌だ。記事は長くて小難しいが、表紙などの風刺画に政治や経済、市場の本質がうまく表現されている。それを見るだけでも参考になる。 (随時掲載)  

「日経平均10万円」には根拠がある by 武者陵司氏(シリーズ:ベテランに聞く)

修羅場をかいくぐってきた人々の言葉は重い。そんな市場の大ベテランたちに大変動を乗り切るための相場との向き合い方を尋ねる「ベテランに聞く」。シリーズの第1回目、武者リサーチ代表の武者陵司氏は、40年以上にわたって株式アナリスト・ストラテジストとして市場と対峙し、その分析力は高く評価されている。武者氏は市場を動かす最も根本的なメカニズムは「企業の価値創造である」と指摘。今の日本企業は「オンリーワン領域」で戦う非常に強いビジネスモデルを築いており、日経平均株価の10万円突破が視野に入っていると主張する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)=大西康平、張間正義】   武者陵司(むしゃ・りょうじ)氏 1973年に大和証券入社。企業調査アナリストとして自動車や電気機器などのセクターを担当。88~93年までニューヨークに駐在し、チーフアナリストとして米国のマクロ・ミクロ市場を調査。97年にドイツ証券調査部長兼チーフストラテジスト、05年に副会長を経て、09年に武者リサーチを設立して独立し、代表を務める   ■市場を動かすのは、企業の価値創造 私が40年以上手掛けてきたリサーチという仕事は、世の中の背景にある理屈や道理を読み取り、仮説を立てて将来を展望する作業だ。因果関係と論理を使って、誰も知らないことについて「謎解き」をしていくようなもの。非常にエキサイティングな行為で、世の中を突き動かす一番大きなメカニズムを捉えるのが大事だ。 最も重要と考えているのは「企業による価値創造」だ。健全、かつ持続的に企業が価値を生み出せているかがポイントとなる。それが株価や金利といった市場価格を動かし、国内総生産(GDP)などの実体経済を動かし、さらには政治体制をも動かすと考えている。 私は1997年から2002年までの日本株に弱気の意見を出し続け、実際に的中させた。戦後の日本企業の価値創造の源泉は、米国から導入した技術を使い、円安と低賃金によって価格競争力のある製品を作り、米国へ輸出するというビジネスモデルだった。しかし、1980~90年代のバブル崩壊と米国による貿易摩擦によってこのモデルは崩壊した。その後、新たなビジネスモデルを生み出せなかったと考えたためだ。 05年以降は一転して日本株に超強気の意見を出し、また的中させた。03年のりそな銀行への公的資金の注入をきっかけに、信用収縮が止まるというパラダイム転換があったことがきっかけだ。さらに、日本企業の新たな価値創造モデルとして、日本に比べてコストが安い海外の労働力を活用しながら、高い技術力で稼ぐというあり方が見えてきたためだ。 ただ、07年7月以降、日本株に強気のスタンスを維持したのは大外れだったと考えている。リーマン・ショックがあっても日本企業の価値創造は揺るがないと確信していた。ただ金融危機の伝染力や、実体経済への影響力を軽視してしまった。私の認識に誤りがあり、学びとして修正している。 ■「オンリーワン領域」で戦う日本企業は圧倒的に強い 私は2033年に日経平均株価が10万円を突破すると公言している。「そんなばかな」と思う方もいるかもしれないが、世の中の根本にある日本企業の価値創造の力から論理的に考えた結論だ。今の日本企業は「オンリーワン領域」で戦う、非常に強いビジネスモデルを確立した。 日本企業は国際分業が進む中で、周辺及び基盤の分野で圧倒的な強みを持っている。例えばデジタル機器が機能するためには、半導体などの中枢分野だけではなく、半導体が処理する情報の入力部分をつかさどるセンサーや、モーターなどのインターフェースといった周辺分野が必要だ。また中枢分野の製造工程を支える素材や部品、装置などの基盤分野も欠かせない。 周辺と基盤の分野に強みを持つ最大のメリットは、価格競争に巻き込まれるリスクが極めて低いことだ。今後、ハイテク業界はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」関連投資が活発になり、極めて高い成長率となるだろう。その中で、希少性が高く、価格支配力が維持できる分野に強い日本企業は、極めて有利なポジションに立っている。 ■過去の経験則が通用しないパラダイム転換を読み取る アナリストの仕事も、昔と今とでは規制の強化などで大きく変化しているが、根本は変わらないと考えている。今後の社会では、過去の経験から予測できる広義の「不確実性」は人工知能(AI)で推測できるようになる。単なるトレーディングは誰がやってもAIを用いれば同じことになり、利益が出なくなるだろう。そこで、人間であるアナリストに求められるのは、過去のデータや経験則からは全く予測できない、狭義の「不確実性」を読み取ることだ。世の中のパラダイム転換を読み取ることが、金融のリターンの源泉となる。それに必要なのが仮説を立てて将来を見通すという知恵、つまりリサーチの力だ。 (随時掲載)

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