AI普及で相場の長期大変動は起きにくく 機械学習の第一人者が語る

日経QUICKニュース(NQN)=今晶、菊池亜矢

金融・資本市場で人工知能(AI)活用が進み、外国為替市場のような競争が激しいマーケットではデータはすぐに解析される。高頻度取引(HFT)の拡大もあり、かつてのような「大相場」は持続しにくくなった。東京銀行(現三菱UFJ銀行)などでデリバティブ(金融派生商品)ディーラー経験を持ち、市場取引におけるコンピューター利用研究の第一人者でもある桜井豊氏は「AI時代に大変動は長期化しづらい。緩やかなトレンド(基調)形成が基本と理解すべきだ」と指摘する。

桜井氏は現在、独立系シンクタンクRPテックの取締役兼AIファイナンス応用研究所の所長を務める。2019年6月に『機械学習ガイドブック』(オーム社)を刊行した。

桜井豊(さくらい・ゆたか)氏  1986年早大卒、東京銀行に入行。93~2000年はロンドン支店で円金利オプションや、異なる通貨間の交換取引である「ベーシス・スワップ」のマーケット・メーカーとして活躍した。00年にソニー銀行に転じ、01年から執行役員市場運用部長を務めた後、10年にRPテックに移籍

  • ■自然言語処理、投機筋の運用の定番に

――現在、機械学習は市場取引でどう活用されていますか。

「機械学習を(市場での取引に)応用しようとする試みは広がりを見せている。むやみに使うのではなく、適切な目的を決め、それに対しピンポイントで機械学習を取り入れるやり方がうまくいきやすい」
 
「対象となる情報はそれこそ多岐にわたる。大量のデータ処理や高頻度での取引をするのなら高性能のコンピューターが必要だが、そうでなければ20万~30万円程度の市販のパソコンでも多様な使い方が可能だろう。ディープラーニング(深層学習)のツールがずいぶん発達してきたこともあり、選択肢が増えてきた」

「機械学習の試験的な利用も容易になった。個人や中小企業レベルでも(公表され入手が容易な経済統計などの数字や、自社の在庫と販売実績といった)手持ちのデータと、少し知識をもつ人材がいれば試せるはずだ。正しく使うにはコツが必要だが、ビジネス用途では、例えば注文を受ける前でもある程度の正確さで販売予想を立てられるような使い方もできるようだ」

――どういう分野での進展が目立ちますか。

「近年はテキストや活字、音声といった『自然言語処理』の分野の発展がめざましい。テキスト解析などは基礎的な技術として昔からあるが、ディープラーニングなどを活用したいくつかの新手法をうまく組み合わせることで、ウェブブラウザーの機械翻訳はここ数年で飛躍的に性能が向上した」

「自然言語処理のノウハウは、既にヘッジファンドなどの投機筋の運用で定番の1つになっている。ニュース見出しはこれまでも解析されてきたが、テキスト以外のデータを併用したり、さらに深く文脈を分析したりすることも可能になってきた」

■リスク配慮、緩やかトレンドの時代に

――この8月は、トランプ米大統領の予測不能な言動や行動に市場が振り回された1カ月でした。どう受け止めていますか。

「過去に情報量が少なかったときは、AIを含めたコンピューター勢は対応できず、HFTも流れに乗れなかったので、外国為替市場で円相場は大きく円高に振れた。だが情報が蓄積され技術的にも成熟するにつれてHFTの存在感が回復し、市場は安定してくる。訳もわからず参入し相場をかき回す参加者も減る。足元でリスク回避や欧米の金融緩和観測などを背景に円高加速の思惑が根強いにもかかわらず、変動率は逆に下がっているのはそのためだろう」

「かつて円相場のトレンドが変わるときには、市場が短期に激しく揺れ動いた。1日に数円単位で値が動くのが当たり前で、1998年の「LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)ショック」時には2営業日で20円程度も円が急伸した」

「昔は規制が緩く、一方向にポジション(持ち高)を大きく傾けるディーラーがかなりおり、ひとたび巻き戻されると際限なくオーバーシュート(行き過ぎ)した。リスク管理の制約がきつくなった現在は、もうそんなことはない。感情のないコンピューターは入力したルールを決して外れない」

――振れそうで振れない、そんな相場展開が続くということでしょうか。

「リスク管理が厳格な時代は、何か事が起これば投資家はいっせいに手を引く。市場に厚みをもたらすHFTも同じで、相場の瞬時の急落(フラッシュクラッシュ)のきっかけになる。今年1月、正月の『真空地帯』を突いて円が対ドルで瞬間的に急騰したような現象は状況次第ではこの先もしばしば起きるだろう。それでも、誰かがポジションを持ち過ぎているわけではないため、(LTCMショックのような)反動に伴う劇的な長期のトレンド転換は生じないはずだ」

「データが蓄積されれば、AIはそう間を置かずに対応できる。今後はコンピューター制御にAIの関与が深まっていくため、相場が大きく振れても短命に終わる傾向は続きそうだ」

「過去の相場はダイナミックに動いて面白かったが、不必要に変動しすぎていたのではないだろうか。現在はリスクに適切に配慮しつつ、合理的な相場水準を意識しながら緩やかにトレンドを作るという、いままで体験してこなかった局面だと感じる。AI時代の新たな典型をみせられているのかもしれない」

■それでも「大局観」は必要

――AI活用のポイントは何ですか。

「市場でAIを活用して勝っている人のほとんどは、学習したものが絶対だとは考えていない。学習したことが機能しない可能性は高いとの前提でコンピューターを使っている。過去の経験則が役に立たない場面は必ずある。8月はその典型だろう。意識しているしないにかかわらず、最終的に全体像を捉えたり、構造を読み取れたりする『大局観』を有している人は強い」

「浮き沈みが激しい中でも、HFTなどで生き残ってきた投資家は多くいる。技術を使っていま何ができていて、これから何ができるかをきちんと理解しているからだ。色々なツールが出回っているが、うまく使いこなせなければ宝の持ち腐れだ」

――国内銀行も遅ればせながら機械化に向かっています。

「日本の金融機関はようやくツールを使い始めたばかりで、海外に比べると周回遅れだ。しかも実際のツールを動かしているのはほぼ30歳代。実際に何が起きているか、自分の手や目で確認している経営陣はゼロといっていい。決定権のある人が技術や問題を把握しないまま、最適な決定をするのは難しいだろう」

※日経QUICKニュース(NQN)が配信した注目記事を一部再編集しました。QUICKの情報端末ではすべてのNQN記事をリアルタイムでご覧いただけます。

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