「非常識な為替相場は長続きしない」。言うはやすしだが、修羅場をくぐり抜けたつわものたちでも見極めは難しい。ドル高是正で主要5カ国が協調介入した1985年9月のプラザ合意時、日本興業銀行(現みずほ銀行)の為替課長として最前線に立った大物ディーラーの中山恒博氏も「やさしい相場など一度もなかった」と振り返る。そのうえで「年に2~3回程度の数少ない勝負どきをいかせるよう、謙虚に相場の異変を察する感覚を研ぎ澄ますしかない」と話す。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)=荒木望】
中山恒博(なかやま・つねひろ)氏
1971年に慶大経済学部を卒業後、興銀に入行。85年9月のプラザ合意時に為替課長を務める。2004年にみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)副頭取に昇格した後、07年にメリルリンチ日本証券に移って代表取締役会長、18年6月以降は東海東京フィナンシャル・ホールディングス取締役を務める
■相場の「成熟期」を見極めよ
これまで円相場の変動を1ドル=360円から70円台までみてきたが、やさしかった相場など一度もなかった。巨大で無機質な相場に立ち向かい、相場がどの方向に進むのか一人のディーラーとして謙虚に追いかけていくしかない。
メディアやエコノミストは「現在の相場には不透明感が強い」とよく言う。相場がなぜ動いたのか解説しなければいけないから、不安定な相場はついつい「不透明」と結論づけたくなるのだろう。だがディーラーの立場で言わせてもらえば、相場が動くのにいちいち理由はない。同じ現象が起こっても、部屋のなかにガスが充満していればマッチ一本で爆発するし、していなければ何も起こらない。相場に当てはめると成熟しているかどうかの違いだけだ。
相場の機が熟しているのかの見極めは、持ち高の傾きなどを追いかけ続けることで培われる肌感覚に頼るしかない。ある相場が常識的にみておかしいと思う感覚は大切にすべきだ。違和感を持つことは年に2~3回しかないが、そういうときには徹底的にやる。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との言葉がある。経験からしか物事を理解できないとすると、理解するまでに相当な数の失敗を繰り返さないといけない。謙虚に過去の事例を学び、「常識」を大事にすることが効率的で重要だと思う。例えばバブル相場が破れると、1929年の大恐慌を研究したガルブレイスを読み始める人が多い。そうやって常識を養うべきだろう。
■「見切り千両」を意識せよ
ディーリングで難しいのは損切り(ロスカット)と利益の最大化だ。相場の格言に「見切り千両」とある通り、安定して勝ち続ける人は慎重で、ロスカットがうまい。自分の周りでも優れたディーラーは臆病な人間が多かったと記憶している。大胆な人は華々しくもうけて、大胆に損をする。9勝1敗でも、結局その1敗で9勝を失うケースが昔はよくあった。
損切りのポイントは勘に頼ってはいけない。電気機器のブレーカーのように機械的なルールとして決めなければいけない。たとえ何があっても、あらかじめ決めた水準でまずブレーカーを一度落とすべきだ。
1990年代にかけ、ルールをちゃんと決めなかったためにディーラーが損切りできず、いくつもの組織が存続の危機に陥った。損失が増えると相場が反転して元に戻ればいいのだからと、わらにもすがりたい気持ちはよくわかる。人間の弱さがあるからこそ自動的に損切りをするルールが必要だ。
また、昔から「ナンピンは厳にいましむ」と語り継がれている。ナンピンとは、自分のポジション(持ち高)の価値が下がっている過程でさらに持ち高を膨らませ平均取得コストを下げる手法だ。相場が予想に反して動いたときに陥りやすい「わな」だ。いずれ身動きがとれなくなる。
■利食いを遅らせる勇気をもて
利益を増やすコツは、利益が出てもすぐに利食わない勇気を持つことだろう。少しでも利益が出るとなかなかこらえ切れず、間を置かずに利食いたくなる。だが利食わない勇気を持たなければ、損は大きく、もうけは小さくなってしまう。
著名ディーラーのチャーリー中山(中山茂)氏にこんなエピソードがある。ドルの買い持ちで大きく含み益が出て利益を確定させたい衝動に駆られた彼は、あえてもう一度買い増した。弱気を打ち消し、自分を律するためだ。高値づかみのリスクが高くてもそうした勇気がないと、利益の最大化はできない。
ディーリングは本来、短期的な為替相場の流れに乗るものだ。ただ現在は人工知能(AI)の時代になり、短期の相場に人がかかわる余地は小さくなった。3分後に円が何円動くかに賭けるのは、コイントスと同じだ。長い目で見て相場の姿がどういう方向にいくのか、追いかけていくのが人の役割になりそうだ。(随時掲載)