QUICKは「アジア特Q便」と題し、アジア各国・地域の現地の声をニュース形式で配信しています。今回は、HSBCグレーター・チャイナ統括 チーフ・エグゼクティブのヘレン・ウォン氏が中国の大湾岸圏についてレポートします。
中国は「広東・香港・マカオ大湾岸圏」として知られる同国南部に、世界的な競争力を備えた国際的水準の都市圏を構築するという地域統合計画を推し進めている。技術革新、金融、貿易に軸足を置くこうした地域は、グローバリゼーションの新たなリーダーとして浮上しつつある。
1970年代後半以来、長期にわたって広東省は中国の改革開放政策で先頭に立ってきた。広東省は再び、この経済の転換をリードしつつあるが、今回は世界の工場としての地位からサービスと技術革新のための非常にダイナミックな拠点(ハブ)への転換が目標とされている。広東省のサクセスストーリーで重要な役割を果たした要因の1つが、香港に近いという地理的条件であり、両地域は主に市場主導で共に成長してきた。
広東省、香港、マカオの経済の統合をさらに発展、深化させ、中国の経済発展と改革開放政策におけるこの地域の役割を拡大させるために、中国は「大湾岸圏」として知られる都市群の開発計画を策定した。
この画期的な構想は、自然の地理的条件に基づいて、広東省の珠江デルタ地域の9都市(広州、深セン、珠海、仏山、中山、東莞、恵州、江門、肇慶)に加えて、香港、マカオの2つの特別行政区を結びつけ、世界的な競争力を備えた経済圏を構築することを目的とするものである。
過去数十年間にわたって、大湾岸圏の都市はそれぞれ独自の優位性および経済構造を生み出してきた。この計画の狙いは、香港、マカオ、広東省で、確立された製造業のサプライチェーン、技術革新力、金融サービス、物流、洗練された消費市場などの分野の相補的な強みを結び付けることである。この計画の最終目標は経済の新たな成長拠点を生み出すことである。この成長拠点が、中国の経済発展を先導し続けるだけでなく、東京、サンフランシスコやニューヨークなどの世界の主要な湾岸地域に匹敵する規模に成長することが目標とされている。
この構想は非現実的なものではない。大湾岸圏の11都市は、人口、経済規模、その資源の観点から見て、1つの独立国家同様の繁栄を実現することが可能である。
大湾岸圏の人口を合計すると6795万人となり、世界最大の都市群である東京首都圏の人口4400万人を上回る 。その面積は約5万6000平方キロメートルとニューヨーク都市圏の面積に匹敵する。
中国で最も急速に成長している地域の1つである広東・香港・マカオ大湾岸圏の2016年のGDPは合計で1.4兆米ドルであった。2030年までにこの地域のGDPは4.6兆米ドルに達すると予想されており、その場合、東京、ニューヨーク、サンフランシスコの湾岸地域を上回り、経済規模が世界最大の湾岸圏になることになる。
大湾岸圏は経済規模が巨大であるだけでなく、国内のみならず国際的にみても明確な競争力を備えた多様な産業を多数抱えている。
世界的にみて成功している湾岸地域を調べてみると、いくつかの共通点が見いだされる。全ての地域に、活発な国際金融センター、発達したサービス産業、強固な物流網、複数の一流大学に加えて技術革新の拠点がある。この好例として、技術革新とハイテク分野で高く評価されているサンフランシスコ湾岸地域や、金融サービスで強みを持つニューヨーク都市圏を挙げることができる。
シリコンバレーがサンフランシスコ湾岸地域の中心部にあるのと同様に、深センには製造業の大きな集積があり、中国における技術革新の中心地となっている。中国で最も高く評価され、最も独創性のある企業のうち、ファーウェイ(華為技術)とテンセント(騰訊控股)という2社の本拠が深センにある。アップルなどの海外のテクノロジー分野の巨人も深センに研究開発拠点を建設している。
香港は、深センの革新的な環境に対して、完全に補完的な役割を果たしている。香港は引き続き金融センターとしての役割を果たし、中国企業がグローバルな展開を始める場合の出発点として機能することになるとみられる。深センには中国本土における2つの証券取引所のうちの1つである深セン証券取引所があることもあり、香港と深センは活発な金融センター、そして証券取引所を持つニューヨークに類似している。例えば、中国のインターネット関連サービス分野の巨人であるテンセントは深センを本拠としているが、香港証券取引所に上場している。
一方、広州は先進的な製造業および最新のサービス業の拠点として発展しつつある。さらにマカオは、隣接する珠海市横琴とともに、国際的なレジャー産業の中心地となることを目指している。
これら中核都市に加えて他の珠江デルタ地域の都市の膨大な資源、面積、比較的安価な労働力という強みにより、大湾岸圏は国際的な協力および競争での優位性を大幅に高めて、技術革新、金融、物流、貿易面で世界的にみて重要な都市群として浮上することになるとみられる。
大湾岸圏の発展に伴い、その影響は地理的境界をはるかに越えて広がり、中国の「一帯一路」構想の進展にとって追い風となるとみられる。大湾岸圏は「シルクロード経済ベルト」(中央アジアから欧州へ)および「海上シルクロード」(東南アジア、大洋州からアフリカおよび中東へ)に沿った国々を結ぶ上で重要な役割を果たすことになるとみられる。
湾岸地区の発展には包括的な輸送ネットワークの構築が不可欠である。橋とトンネルから構成される東京湾アクアラインやサンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジ、ゴールデン・ゲート・ブリッジは湾岸地域のインフラを象徴するほんの数例である。
大湾岸圏では近年輸送インフラが大幅に拡充され、地域統合の基盤となっている。広州、深セン、香港を結ぶ広深港高速鉄道は2018年第3四半期に開通する予定である。これにより香港から深センの国境までの列車移動の所要時間はわずか14分に短縮されることになる。香港、珠海、マカオを結ぶ港珠澳大橋によって、香港と珠海またはマカオ間の車移動の所要時間は4.5時間から約40分に短縮される。この橋によって、香港、マカオおよび珠海デルタ西部地区の経済発展が促進されるとみられる。
中国経済は、労働集約型で製造業が基盤となった経済から、中流階級の成長に支えられたサービス業・技術革新指向型の経済に移行しつつあるため、大湾岸圏は中国の新しい成長モデルへの転換を先導することになるとみられる。製造業、技術革新、物流関連の多くの分野で圧倒的な強みを持っていることとは別に、大湾岸圏は金融テクノロジー、再生可能エネルギー、バイオ医薬、ヘルスケア、医療機器、観光、ウェルス・マネジメントの分野でも成長する可能性がある。
適切な金融、物流、製造業および技術インフラが整備されていることは、大湾岸圏構想が成功するための条件の一部にすぎない。人、物、資本の地域内の自由な移動を確保するためには、関連する地域間の政策および規制を整備する必要がある。
大湾岸圏の発展は始まったばかりである。世界はこの胸を躍らせるような変化に細心の注意を払うべきである。なぜなら、この都市群は世界的な生産、技術革新の重要な拠点にとどまらず、世界の商業および経済成長の中心となる可能性があるからだ。