2018年春、上場企業に公平な情報開示を義務付ける「フェア・ディスクロージャー(FD)・ルール」が導入される。市場参加者の間で一部に情報が偏る不公平感が改善するとの期待がある半面、重要情報の定義が曖昧で企業がIR(投資家向け広報)活動をしにくくなるとの懸念もある。注目点について大和総研の横山淳・主任研究員に聞いた。
――FDルールについてどう評価していますか。
「上場企業が情報を発信する際、特定の人物だけでなく誰でも平等にアクセス可能にすべきという理念は正論だ。ただルールの運用のさじ加減で、企業など現場がどう受け止めて対応するか変わる部分がある。実際にどのようにルールが運用されていくかを見極めないことには、的確な評価は現時点では難しい」
――副作用も考えられますか。
「企業側が情報をあまり出さなくなる可能性は懸念材料だ。企業が情報の提供に慎重になってしまい、誰に対しても平等に出しませんとなると、投資家が公平に情報へアクセスしやすい環境にしようとした本来の趣旨とは真逆の結果になってしまう。情報の開示の後退には細心の注意を払わなくてはいけない」
――売上高や受注高といった月次情報の公表をとりやめる動きもあるようです。
「情報提供への姿勢の変化は一部ですでにみられるようだが、そうした動きだけを強調するのは不公平だ。これまでアナリストだけに送っていた資料をウェブ上やプレスリリースで開示しようと検討している企業もあると聞く。後ろ向きな動きばかりでは決してない。企業のなかでFDルールに対し戸惑いのようなものが生じているのは事実だが、しっかり対話をしたいと考えているからこそ悩んでいるのだろう」
「企業に戸惑いが生じる理由の一つは、どこまでが規制対象になる重要情報に該当するのか、すぐには判断しにくい点だ。FDルールの対象になる重要情報の範囲は必ずしも厳密に決まるわけではない。会社の業態や規模によって、ある会社にとっては重要性が高くなくても、別の会社にはとても重要な情報になりうるケースもあるだろう。自分の会社の株価に影響を及ぼす情報かどうかを、企業が自分で考えなくてはならず、悩みの種になっている」
――投資家との対話が減ってしまう可能性はありませんか。
「前向き、後ろ向きな動きが両方あると思う。これまで私がディスカッションした企業については、どちらかというと対話に積極的な企業が多い。しかしコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードが導入され、本当は対話なんかしたくないのに仕方なく対話に取り組んでいた企業もあるだろう。そうした企業はFDルールを理由に、これ幸いとばかりに対話をやめてしまう可能性はないとは言えない」
――独自の情報が得られなくなって、アナリストの役割が低下するとの声も聞かれます。
「むしろアナリストが本来の役割に戻るんだという見方もできるのではないか。いかに早く情報を入手して発信するかではなく、公表されている情報をベースにして、独自の分析力で勝負する本来のアナリストの役割に戻るんだと。アナリストを通じてこっそり情報を流す行為がFDルールでストップし、株価形成が歪んでしまうとすれば、そもそも情報開示が不十分だったということだ。情報開示が本当に十分なのか、議論の余地がある」
――投資家がいわゆる早耳情報に頼らなくなれば、長期的な視点での投資につながるのでしょうか。
「例えば3年後や5年後の議論をするにしても、足元の情報なしでは進められない。現状の説明をしたうえで3年後、5年後にどんな姿になっているかの話をしなければ、地に足の着いた議論にならない。短期の投資家は足元の部分だけを切り取って材料視する可能性があり、FDルールが長期投資家の増加につながるとは単純に言い切れないだろう」
※横山氏は「フェア・ディスクロージャーの論点」(2月23日付発行)をはじめ、FDルールに関するリポートを多数執筆している。
【QUICKコンテンツ編集グループ・内山佑輔】